迷い子

32/32
3480人が本棚に入れています
本棚に追加
/488ページ
風によって揺れ動く木々の葉を一瞥し、栄太郎は目を細める。 この事態を松陰が予測していなかったとは考えにくい。何かしら意味のある事だと栄太郎は察した。自分に雛乃を託したように、久坂にも縁談を通じて何かを伝えようとしているのかもしれない。 「じっくり考えなよ。ま、噂が広まるにつれ、そんな余裕すら無くなるだろうけど」 「……頭が痛い」 他人事だと思い、朗らかに笑う栄太郎に久坂は深々と息を吐いた。 「頑張りなよ。牛退治ぐらい手伝ってあげるから」 「いらん。むしろ迷惑だ」 高杉と栄太郎は犬猿の仲だ。二人が鉢合わせしようものなら、近隣周辺に被害が及ぶのは必至。高杉を沈めるより、皆の息の根が止まってしまうような気がしてならない。 久坂は何度目になるか分からない息を吐いて、寄り掛かっていた木から離れた。 「話はそれだけか? なら、俺は戻るぞ」 「うん。色々と知れたから良かった。礼を言うよ」 久坂は感謝を口にした栄太郎に意外だ、と目を向けるも何も言わずその場を後にした。 一人残された栄太郎は、新しく与えた情報を頭に叩き込んでいく。 一筋縄ではいかない雛乃にまた悩まされそうだと、栄太郎は口端を緩く動かした。 「錯覚、か。やっぱり、僕は間違えられてるのかもしれないね」 残された時間は あと九日――――。
/488ページ

最初のコメントを投稿しよう!