伸ばされた掌

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それは突然の提案だった。 「紅葉狩り……?」 「ええ、皆でどうです?」 「どうです、って言われても。それ、既に決定済みなんじゃないですか」 そうですよ、と松陰の朗らかな声に栄太郎は僅かに表情を歪ませる。 「おや、嫌ですか?」 「嫌とかそういうのではなくてですね……。この荒れた状況下では、無理なんじゃないかと思ってるだけですよ」 そう言って、栄太郎が目を移した先には剣呑な空気を纏う高杉の姿があった。その視線は明らかに久坂を指している。 久坂の縁談話が高杉の耳に入ってからというものの、ほぼ毎日この有様だ。お陰で他の塾生は勉学に集中出来ず、屋外での活動を余儀なくされている。 「だからこそ、ですよ。秋も深まりつつある山へ登って、紅葉狩りと茸狩りを楽しむ方が此処よりは気分は晴れるでしょう」 松陰は読んでいた書物を閉じると、その場から立ち上がった。隅で蹲っていた雛乃を抱き上げると、そのまま部屋から出ていく。 「……つまり、明確な内容は此方任せですか……」 松陰が何も言わずに出て行ったという事は、そういう意味なのだろう。 塾生同士のいざこざを解消する為の外出。ならばそれに関わったものにさせるのが筋だ。
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