寒空の下で

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促された先の座敷と、双葉を交互に見て雛乃はパチパチと目を瞬かせた。 「え、で、でも……」 ちらりと吉田を見れば、不機嫌そうに双葉を見据えている。この二人を二人っきりにしていいのだろうか。 「雛が今、何言っても、彼は聞きやしないよ。悪いことした、だなんて吉田は思ってないんだから。雛だって、怒ってる理由きちんと話せない。違う?」 「違く……ない。というか、兄様、揉めてた原因知ってるの?」 「澄から、先刻聞いたからね。一琉が聞いたら憤慨しそうだ。誤魔化してきた意味ねえだろが!って」 「うぅぅ……」 確かに、吉田を滞在させるに辺り、周辺各所に根回しをしていた筈だ。それが水疱に帰した形になったのだから、一琉の怒りは正しい。むしろ、お灸を据える為にも、ここぞとばかりに怒ってほしい気もする。 「ま、一琉の事はともかく、この場は僕に任せてほしいな。何とか収めてみせるし、これから先、勝手な行動させないよう言い含めるし」 「えぇ? でも、兄様と栄太郎、仲悪いよね? 険悪な状態になって、話し合いにすらならないんじゃ……」 「大丈夫大丈夫。だって、僕、これでも社交界では敵無しだったからね。人を言い負かすのかなり得意なんだ。雛が言えないような事も、僕なら言えるし、任せときな」 ポン、と背中を押され、雛乃は反論を言う間もなく座敷から閉め出された。タシン、と閉じた襖を恨めしそうに見るものの、もう一度開く気力は既に無く。小さく息を吐くとくるりと踵を返し、その場を後にした。 廊下に出た雛乃の気配が、完全に遠ざかったのを確認すると吉田は口を開く。その表情は雛乃がいた時より遥かに苛立っていた。 「で? 雛を遠ざけてまで僕に言いたい苦言とは何かな?」 「……先ずは人の妹に襲いかかった事を謝ってもらえるかな」 「嫌だね。あれは自覚しない雛が悪いんだから。何時まで経っても壬生狼に気を配る。腹立たしいったらないよ」
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