いち

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「こーくんどこ行くの?」 「家だよ」 「誰の?」 「葵くんの」 「おれの…」 車に乗ると葵くんはシートベルトで遊んでた ちょっと泣きそうになって涙を堪えた ほら、シートベルトして 彼は不満そうに顔をゆがめたけどちゃんとシートベルトをはめてくれた 右足だけスリッパの足をぱたぱた揺らしていた さっき病院でもらったやつだ(裸足じゃ可哀想だからってお医者さんがくれたんだ) 「車速いねえ」 「うん」 「こーくん冷たい」 「そう?」 「おれの家こっちじゃないよ」 「こっちだよ」 「こーくん泣いてる?」 「泣いてないよ」 「あとで抱きしめてあげるね」 「…っ」 目が霞んで前が見にくいよ 葵くんの所為だね 葵くんの所為でこんなに泣きたくなるんだね つらいから泣くんじゃないよ ちょっとだけ悲しいから泣くんだ 「…ついたよ」 「ここ?」 「うん。ほら降りて」 シートベルトを外して運転席から降りた 葵くんは降りない 助手席の扉をあけると葵くんが半泣きだった どうしたの葵くん こーくんこれ外れないよお じゃあ俺が外すからね シートベルトを外してやると安心したように笑ってて ちょっとだけ俺も笑った そしたら葵くんに引っ張られてぎゅ、と抱きしめられた あったかかった 「いーこだよ、こーくんは」 「うん」 「泣いてもいいよ」 「うん」 「ほら、よしよし」 「…っぅ」 葵くんの家の前だけど俺は号泣した 葵くんの優しさが苦しかった でも嬉しかった ちょっとだけ子供みたいに泣いて 俺は落ち着いた 鼻と目が赤いと思う(恥ずかしいなあ) 葵くんの手を握ってインターホンを押した ちなみにこの関係は親公認だったりする .
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