7人が本棚に入れています
本棚に追加
あの頃の密にはその感情を表現出来なかった。
ただ、綺麗だと感じていたのだ。
自分の周りのもの全てが、美しく見えた。
何もないその公園こそどんな場所よりも楽しいと思ったし、住宅が敷き詰められただけの風景さえ退屈とは思わなかった。
「でもね、ママが、怒ってるのに笑うんだよ。楽しかった?って、嬉しそうに聞いてくるの。」
幼なじみの手を引いて走り回るだけで、そこは冒険の舞台で、自分は物語の主人公のように感じていた。
「だから、怒られても平気なんだ。ひぃ君と一緒に遊んでると、ママもパパも嬉しそうだから。」
だから、"密は常に前を向いていた"
「だから、明日も遊ぼうね、ひぃ君!私のお家に絶対来てね、約束だよ!」
見るもの全てが楽しかったから。
一緒に同じ景色を見ているだけで面白かったから。
何一つ見逃したくなくて、いつだって薫の手を引き、前だけを見ていた。
疑う事なく、密は、彼女も同じ気持ちでいるのだと思ってしまっていた。
だが、今にして思う。
どうしてもっと、"振り返ってあげなかったのか"と。
考えれば分かる話だった。
彼は男で、相澤 薫は女の子だ。
価値観が同一であるわけがないのだ。
自分が美しいと感じた景色を彼女もそう感じるとは限らない。
最初のコメントを投稿しよう!