331人が本棚に入れています
本棚に追加
まるで、血を吐くかのような吐露であった。無表情から一転し、苦しげに歪められた顔がそれを如実に物語っている。
ただでさえ、他人に弱みを握られることを人一倍忌避する加奈だ。自らそれを晒すことは、己の心に刃を突き立てるに等しい行為だろう。しかし、それでも吐き出さねば耐えきれないほどのものを、加奈は抱え続けていたのだ。
俺がのうのうと過ごしているその傍ら、加奈はどれだけ不安にさいなまれる日々を過ごしていたのか。そんな思考に陥ってしまう理由を俺は、知っていたのに。
俺を傲慢だと、加奈は言った。確かにそれは、否定しようのない事実だ。いま俺は加奈の苦しみに気付けなかった自身の愚鈍さを呪いたい心境であるが、他人の心をわかってやれるなどという考えは、あまりにも愚かしい。
だが、それでも俺は、いまもなお苦しみ続ける彼女になにか言ってやれることはないのかと考えを巡らせていた。
だって、加奈なのだ。いまでは「だれか」などではない、ほかならぬ加奈が相手なのだ。割り切れるはずがない。
しかし、そんな思考を見透かすように、加奈は言うのだ。
「今回は、なにも言わないで。いまのアタシは、酒に酔ってあることないことを口にした、ただの酔っ払いなの」
そんな、悲しそうに笑わないでほしい。
「卑怯だと思うわよね、一方的に背負わせるだけのアタシを。でも、もう少しだけひとりで頑張りたいの。そして、そんなアタシをアンタには知っていてもらいたかった。だから、だからね、もしアタシがどうしようもなくなったそのときは……」
なぜか、首に触れる加奈の手のことが頭をもたげた。この触れ方では、首を絞められていると周りに誤解されても仕方がない。実際、絞めようと思えば、すぐにでもできるだろう。しかし力が加えられることはなく、ただ添えられているだけの、ひんやりとした加奈の手。
俺は加奈の左手、その手首に触れた。そこには、いつかの俺が贈ったミサンガがある。
これは、彼女なりのSOSのサインだったのだ。贈った俺だけがわかる、加奈の声なき声。だから、これから加奈が言うであろう言葉は……
たとえ錯覚だとしても、いまこのときの俺たちは心が通い合っていた。どこか儚い笑みを湛えた加奈を見て、そう思う。
消え入るような声で、加奈は言った。「……そのときは助けてね、優輝」
最初のコメントを投稿しよう!