第一話

44/48
前へ
/125ページ
次へ
   ◆ ◆  テレビのなかでは、芸人がコミカルな寸劇をみせていた。わき上がる笑い声を耳にしても、俺の心は醒めたもので、なんの感慨もなかったけれど。  夜が更けた頃、俺の姿はリビングにあった。ソファーに身を沈め、ぼうとバラエティーを見ている。元々おばさんが見ていたものだ。凛姉と入れ替わりに風呂へ行ってしまったが、その凛姉が引き続き見ているため、チャンネルは変わらず。  眠気を催すはずもなく、体は気だるさを覚えていた。加奈の宣言めいた告白を聞いたからだ。まだ自分のなかで、うまく処理しきれずにいる。  あのあと、加奈は俺をあっさりと解放すると、それきりこちらに見向きすることなく、雫の眠るベッドに身を投げてしまった。元々それなりに大きいサイズのものであったので、二人で眠るには事欠かない。  もはや、俺の部屋で彼女たちが床に就いてしまったことは看過するほかなかった。  しかし、あどけない寝顔を見せられて冷静ぶっていられる余裕など俺にはない。いまさら勉強ができる状況でもなし、なにより恥ずかしくて居たたまれない気持ちを抱いた俺は、そそくさと部屋を出た。  少し、考えたかったのもあるし。  寸劇が終わったのに合わせて、番組の途中にコマーシャルが入った。隣で凛姉がううんと唸り声をあげながら、大きな伸びをしている。  考えをまとめるべく場を移したのだが、どうしてなかなか考えがまとまらない。事の起こりとも言える凛姉がいるからだとか、テレビがうるさいからだとかいうわけではないのだが、思考は雑然としていて、一向に収拾の糸口が掴めない。  それだけ、俺はショックを受けていたのだと思う。  なににと問われると答えにくいが、やはり加奈が人知れず悩みを抱えていたところが大きいように思われる。加奈のほうが役者が一枚上であるから当たり前だとも言え、しかし、うちに秘めた思いを気取られぬよう身を削っていたのであろうそのことに。  そう、だれにも打ち明けることなく、というところに俺は言い様のない後悔を感じていたのだ。  加奈の性分からして、悩みや不安の類いは胸のうちに秘めておくであろうことは容易に想像がつくが、それには俺たちに気を遣っているところもあったのではないだろうかと。俺たちの何気ない言動が、徐々に加奈を追い詰めていたかもしれない可能性は否定できないのだから。  それが、加奈に口をつぐませた要因だとしたら。  
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!

331人が本棚に入れています
本棚に追加