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「怖い顔」思考を断ち切るように、ふと横合いから声がかかる。「してるよ」
凛姉に目をやると、彼女はその名の通り凛とした居ずまいでこちらを見ていた。先ほどまでのだらけきった姿からはあまりにかけ離れており、その変わりように少し気圧される。
やや身をのけぞらせた俺を見て、ふっと凛姉は口元に笑みを湛えた。どちらかといえば苦笑のような趣だ。
「いや、うん、まあ……」
声をかけてきたわりには次の言葉が続かないようで、発音が不明瞭だ。もごもごと口ごもっている。思わずこちらから声をかけようかと思ったとき、彼女は言った。
「ごめんね」
「え?」
打てば響くような声を返した俺に、凛姉はなにか弁明するように慌てて手を振る。しかし、その手もすぐに力を失い、ぱたりとソファーに落ちた。
「いや、あのね。言い訳になっちゃうからあんまり言うつもりはないんだけど、とにかく優くんのいまの様子を見てたらさ、ああやっぱり私のせいなんだなあと思って……」
「……」
凛姉の言わんとすることはわかった。おそらくは、差し入れのことを言っているのだ。
最初こそ俺は冷静さを失っていたが、いまは凛姉がそれを用意した意図も理解できた。
なにかと衝突の多い俺たち(というか俺と加奈の二人)のために、本音で語り合う場を設けようとしてくれたのだ。その手段として酒を用いるというのはやや強引で非効率的なように感じられるが、結果としてはそれでよかったのかもしれない。図らずも加奈の本音を聞くことができたのだから。
まあ、凛姉が予想していたであろうものよりは、いくらか重みの違うものであったことは確かだが。
とりあえず俺が言うべきことは。
「謝られる覚えはないよ」
紛うことなき本心であった。
そもそも、加奈に突き放されたわけではないのだ。それどころか、頼りにされていることがわかったわけで。
俺が顔を曇らせていたのは自身のバカさ加減に気が滅入っていたからであり、加奈の悩みを聞いたことについてはまったく後悔していない。むしろ聞ける機会を与えてくれた凛姉には感謝したい心境でもあった。
ただ、詳しく話すこともできないので、いまはその言葉を飲み込むほかないのだが。
だから俺は、俺の言葉に顔をあげた凛姉にこう言った。
「ひとってさ、気楽に生きてるように見えて、実はいろいろと考えてるんだね」
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