331人が本棚に入れています
本棚に追加
わずかに目を見張った凛姉は、転じて柔らかな顔つきとなり、俺を見つめた。手をこちらの頭にやり、そのまま撫でてくる。まるで我が子を慈しむ母親のようなさまに、俺は気恥ずかしさを覚えた。しかし振り払うこともできず、羞恥の念にさいなまれつつも、されるがままとなっている。
「可愛い弟だと思っていたけど、やっぱりどんどん大きくなっていくものだねえ。男の子だからかな? 教育者としても、姉としても、いろいろと思うところがあるよ」
「……っていうか、弟って」
「弟だよ。大事な家族」つい否定的な言葉を口にしようとした俺にかぶりを振ってみせ、凛姉は問う。「優くんだって、私たちのことをそう思ってくれてるでしょう?」
ずるい質問だと思う。思わないわけがないではないか。
むしろ、凛姉たちこそそう思ってくれていたらと、どれだけ願っていたことか。言葉にできず、いままで確かめられなかったけれど。
余計なものまで口を衝いて出そうになり、俺は凛姉の問いに首肯を返すだけに留めた。次から次へと訪れる展開に心が揺さぶられ、そろそろなにかが溢れ出そうになっていた。
さっきのことだけどさ、と前置きし、凛姉は語り始めた。
「他人の心なんて覗けるはずがないんだし、こんな大変な思いをしているのは自分だけなんだって、つい思いがちになっちゃうよね。だけど、ひとはそれぞれの人生のなかで、いろいろなものを抱えている」
ひとつ頷く。それこそ山ほどある価値観のなか、なにに重きを置くかはひとによってそれぞれまったく違う。自分にとってはどうでもいいことでも、そのひとにとっては大事なこともある。その逆もまた然り。
「意見の衝突なんて、しょっちゅうだよ。意思ってものがあるんだから、それを簡単に曲げることはなかなかできない。だけど、時には譲り、正し、そして認め合うことで、その絆を確かなものにしていく。……んーと」
なんだか、ずいぶんと大げさな話になっちゃったなあ。
自分でも持って回った言い方だと自覚のあったらしい凛姉は、そんなことを口にした。
しかし、なにを思ったかいきなり俺の背中を叩くと、
「だからさ、悩み抜いた末にこれから出していくであろう友達の答え……尊重して、認めてあげようね。もちろん、自分が出した答えも」
その言葉は、なによりも強く響いた。
最初のコメントを投稿しよう!