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首筋に触れる毛先が煩わしかったのか、加奈はポニーテールにしている黒髪を手で払った。そんなひとつひとつの所作すら様になる。
見とれている様子がだらしなく映ったようで、加奈は苛立たしげにフンと鼻を鳴らし、その手に握っていた分厚い辞書(睨んだ通り、凶器はそれか)を叩きつけるように長机に置いた。思いのほか大きい音に俺の肩が跳ねる。
よく持ったな俺の脳天、と痛みによる不可思議な熱を持った頭を労るように撫でながら少々げんなりしていると、正面の椅子に座した加奈は、視線のみを俺の隣へと向けた。釣られて俺もそちらに目をやると、俺と同じ末路を辿ったと思われる幼なじみが、頭を抱える形で長机に突っ伏し悶えていた。机上に散らばる栗色の髪には、えらく見覚えがある。
「まったく、お前らときたら。せっかく場所を図書室に移してまで本腰でかかろうとしてるっつーのによ……」
手で目元を覆い、意図的に表情を隠したであろう加奈が、普段よりいくらか低い声色で呟く。余程の苛立ちのせいか、普段は努めて隠そうとしている地が言葉の端に表れていた。
そばには俺と幼なじみしかおらず、この騒ぎ(?)に言葉を失っている方々も遠巻きにして俺たちを見ているだけだから、耳に届くことはないだろうが。
「……」
詫びの言葉を探す前に、頭を撫でていた手を首筋へと滑らせながら、俺は事の顛末を思い返すことにした――
頭からすっぽりと抜け落ちてしまっている夢のことなど、思い出すはずもなく。
◆ ◆
「あー」
意味もなく声をあげてみた。そうしなければ、のしかかる重圧に押し潰されそうだったから。
場所は学校の敷地の裏庭に位置する、教職員たちの駐車場。いまだ昼の色を拭いきれずにいる中途半端な夕空の下、俺は掃除という名の職務を全うしているのであった。
とはいえ、わざわざこんな味気ない場所まで訪れてゴミを捨てていく酔狂なヤツは残念ながらこの学校にはいないらしく、ゴミらしいゴミといえば出所不明のビニール袋くらいのもの。雑草にしても、少なくとも車の通るルートには繁茂していない。砂利ばかりの殺風景な景色が続いているだけ。
そのため、俺はこの掃除の時間に意義を見出だすことができず、校舎に背を預けて座り込んではダラダラと過ごしていたのだった。
いーね、サボり。
俺、なんかワルだぜ、うん。
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