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この世は超自然的な力に支配されており、一切の出来事はそれによってあらかじめ決定されている。従って人間の意志や選択は無力である。
すなわち運命論だが、俺はこの考え方があまり好きではなかった。
運命とやらに導かれた結果、その先に待つものがすべてハッピーエンドであるならば、まだいくらか好意的な物の見方ができたかもしれない。しかし、現実はさにあらず、悲劇と呼べるものがそこかしこに蔓延っているのだ。
その悲劇が「死」であると極言して、それが残されたものたちの心になにかを残すことができたとしよう。その例え自体、人々の悲しみを誘い、甘い感傷の涙をしぼらせるような話で気分が悪いが、俺が言いたいのはまた別のこと――
彼ないし彼女は、まるでそれだけのために運命によって生み落とされ、運命によって殺されたみたいではないか。
そんな、不快な印象を拭いきれない。
しかし、時には運命という言葉でしか片付けることができず、その存在を思わせられることが度々起きているのも事実で、俺はほとほと困り果てているのだった。
この巡り合いも、きっとそのひとつ。
見知った顔であった。相手もこちらに気付いたようで、しばし目を瞬かせたのち、おもむろに手をあげた。
「やあ。山下くん、でしたね」
頷きを返す。「……お久しぶりです、晃一(こういち)さん」
時間にすると一年ほど前の話になるのだが、お世話になった人物ということもあり、しっかりと記憶に残っていた。まあ、特徴のある風貌によるところが多分にあるだろうが。整った目鼻立ちや顎に向かってすっきりとした顔の輪郭、それに頼りなげな線の細さと、彼は容姿や性格に限れば美丈夫といったところなのだが、その装いはどこかエスニックなのだ。
休日の真昼という、人々の往来激しいこの駅前において、アンバランスな晃一さんは周囲から隔絶しているように見えた。
もっとも、彼がそのような装いをする理由を俺は知っている。
「今日も、露天商をやっていたんですか?」
「お金は取らないので決して商いではありませんし、大っぴらにやっているわけでもないのですが……まあ、最もしっくりくるその言葉を借りましょう。やっていました、露天商」
以前も交わしたようなやりとりに、思わず笑みがこぼれそうになる。
つまるところ、そのエスニックな装いは晃一さんにとっての商売衣装、いわば制服なのであった。
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