断章1

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   なぜそれである必要があるのか、その理由を教えてもらってはいないが、晃一さんなりのポリシーやルールがあるのだろう。伊達や酔狂でないことは、俺がよく知っている。  懐かしいものを見る目を向ける晃一さんに俺は笑いかけた。 「それにしても、姿を見かけたときはびっくりしました」  口で言うほど、俺は驚いていなかった。  実を言うと、少し予感めいたものがあったのだ。――以前に出会ったときも、俺が悩み事を抱えていたときだから。  そういう意味では、再び相まみえることができたことに対する驚きがあったが。  晃一さんはガードレールに寄り添ったまま腕を組む。その姿はかなりさまになっており、珍妙な出で立ちも相まってか、彼ひとり画面のなかから飛び出してきた役者のような錯覚を覚えた。 「私は気まぐれですからね。それに、社会人と学生という身分では、交通手段のひとつ違えばすれ違うこともまずないでしょうから」  俺は首肯する。  捜そうと思っていたわけではないが、現にこの一年間、顔を見かけることはなかったに等しい。気まぐれという言葉通り、晃一さんの活動日や活動範囲に規則性はないらしいのだ。  そして、晃一さんの言葉に、俺は彼がれっきとした社会人であることを思い出した。  露天商というのは趣味の域を出ない副業に過ぎず、彼の本業・本分は会社員にある。言わずもがな、露天商で楜口を凌ぐというのは、相当な労苦を強いられるものだろう。  ……そういえば、妻子がいることを口にしていたような。  組んだ腕、その左手に光るものを見つけたとき、なんだか失礼なことを考えていた申し訳なさで居たたまれない気持ちとなった。 「せっかく再会を果たしたことですし、去年の君があれからどうしたのか、よければ聞かせてほしいところではありますが……その話は、また今度にしましょう」  そう言うと、晃一さんは急に身を乗り出して俺の顔を覗き込んできた。水を得た魚のごとき変わりようと、その近さに身をのけぞらせる俺に構わず、晃一さんは去年と変わらぬ優しげな微笑を見せる。  ああ、前もこんな感じで詰め寄られたんだったなあ。  どこかずれた感慨を抱く俺に、晃一さんはやはり既視感を抱かせる台詞を口にした。 「私は、夢を追う者の味方ですよ」  
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