第二話

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   笛の音が青空に響いた。  それを合図に大地を蹴り、ゴールを目指す。  加速するごとに増していく高揚感が最高潮に達したとき、定められた五十メートルを走りきってしまった。  消費しきれずにあり余るエネルギーを持て余しつつ、記録係のもとでタイムを訊ねる。七秒を切っていた。それなりに満足が得られる。  スタートのほうが騒がしくなり、そちらを見る。番号順に二列で整列を始めた女子たちが、華やかとも姦しいとも言える様子でお喋りしていた。いまの組で男子は最後だから、次からは女子の組である。  その集団のなかでなぜか、ちぎれんばかりに手を振る人物がいた。目を凝らしてみると、どうやらあの少女は雫らしいことがわかる。こちらが気付いたことを察したらしく、飛び跳ねる動作まで加わった。……アイツはなにをしているんだか。  とりあえず手を振り返してから、走り終えた他のヤツらもそうしているように、木陰に憩うため歩を進める。  手をかざしながら空を仰ぐと、照りつける太陽のまぶしさに目がくらんだ。  六月上旬。  冬の名残を見せた朝夕の冷え込みもすっかり鳴りを潜め、また日増しに熱気の強まる初夏の日差しに新緑が映える、そんな季節の変わり目。  あれだけ辛酸を嘗めさせられた中間考査もつつがなく終了し、返却される結果に一喜一憂する……そんな期間が過ぎたいま、俺たち生徒の関心は、数週間後に迫る体育祭に向けられていた。いまも、徒競走やクラス対抗リレーといった種目の選手を選出するため、特別授業の時間を用い一組と合同でタイムを測っている最中である。合同とはいえ、効率化を図るためグラウンドを共有しているに過ぎないが。  美観のため列植されている樹木の下、俺は適当に腰を下ろす。天気は至って快晴だがそれなりに風も吹いており、なかなか快適であった。  後頭部で手を組み、その場に仰向けで寝転がる。目を閉じる。背中には固い地面の感触があったが、木漏れ日のため妙に寝心地よく感じた。  そういえば、体育祭という催しの開催時期は、基本的に春(または夏。あまり差異はない)と秋に大別されるらしい。俺たちの高校では前者となるわけで、その背景にはたぶん文化祭やら修学旅行やらが絡んでくるのだろう。  俺は大いに賛成であった。  よくスポーツの秋と言うが、こういう活動的な行事は燃え上がる夏に限る。……まだ、先ほどの五十メートル走の余韻があった。  
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