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しばし休息していると、足音と共にだれかがそばに立つ気配を感じ、俺は片目を開けた。そこには、涼しい目でこちらを見下ろしている加奈がいた。目が覚めるほどの美貌なのだが、理知的な顔立ちのためか少し険のあるようにも見える、そんな少女だ。運動着からすらりと伸びた手足がまぶしい。
陽光に映える黒髪のポニーテールは見事の一言に尽き、さわさわとそよ風に揺れていた。
「よう」
声をかけると、わずかに顎を引いた加奈は俺の隣に腰を下ろした。膝裏に腕を通して太ももを抱えるその手には、持参したらしいスポーツタオルに包まれたペットボトルがある。
「走り終わったのか」
「ええ」頷き、「最初のほうだったから」
「あまり疲れてないように見えるな」
「それはお互い様じゃないかしら? だいぶ速かったように見えたけど」
きた! と俺は内心歓声をあげる。
実を言うと、うずうずしていたのだ。早い話が自慢なのだが、とにかくタイムのことを教えたい衝動に駆られている。もちろん、そのあとに惜しみなく贈られるであろう賞賛の言葉を期待して。
俺はむくりと起き上がる。いかにも事も無げといったふうに言った。
「実は俺、七秒を切ってたんだ」
「そう。アタシは七秒ジャストだったわ。負けた」
「……」なんだと。
あんまりだ。確かに賞賛(?)は受けたが、それでは俺のタイムの凄みも半減である。
むくれる俺にくすりと笑って、加奈は膝頭に頬を預ける。そしてからかうような笑みを見せ、わざとらしい口調で問いかけてきた。
「それで? どうして優輝くんはそんなに凄いタイムを出すことができたのかしら?」
「うむ、まあ、なんの面白みもない理由ではあるが……鍛えてるんだ。軽く走ったり、筋トレしたりする程度だけど」
「へえ」わずかに目を見張る。「確かにもっともな理由だけど、意外。どうして?」
「帰宅部だからな」
「は?」
「だから、こういった行事で舐められないように体を鍛えてるのさ」
「ひねくれた理由ねえ……」
呆れ顔でそう言った加奈は、なにを思ったか撫でるような手つきで胸板を触ってきた。なぜ胸板なのだ。触るにしてもそこは二の腕あたりが妥当ではないだろうか。突飛な行動にどきりとさせられた俺だが、それを口にすることはできない。
しかし、俺がなにか言うよりも早く加奈は手を引っ込めた。興味の失せたような目だ。「飽きた」その通りだった。
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