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「なによその目は」
えも言われぬ感情の自制に窮していると、その様子を目ざとく察知した加奈が冷ややかに言う。
「いんや、別に」
「……アンタも触りたいの?」
「や、べ、別に」なぜそうなる。それよりなぜどもる俺。そしてなぜ発育のよい部位に目がいく。
「そう。アンタなら構わないのに」
「マジでかっ」
「嘘だバカ」いけず!
けらけらと笑った加奈は、手に持ったペットボトルの蓋を開け、口をつけた。
スポーツ飲料だろうか。液体が少し白濁としている。
しかし、ごくりとうまそうに飲む。咽下に伴い動く白い喉を見ていると、なんだか変な気持ちを掻き立てられている自分に気付いた。
これは辛抱たまらんと慌てて前を向くと、その視界にペットボトルが飛び込んできた。思わず、それを差し出してきた主、加奈を見る。
「なんだか物欲しそうな目で見てたし、あげる。さっきのお詫びもかねて」
「……」
「ちょっとだけだからね」
そいつは、なんとも魅力的な……。いただいても構わないのでしょうか。いわゆる間接キスとなるのだろうが、なんとも思っていないからこそ加奈はそう言ってくれているのだろうし。それに、俺と加奈の仲だもんな。そんな些事にこだわるのはいまさらってなもんだ。なによりこれはお詫びでもあるのだし。うん。
「あざーす」
数秒のうちに結論を出した俺は、たちまち相好を崩してペットボトルを受け取った。ちょっとだけと言われたことも忘れて、思いきりあおる。食道を通り、胃に冷たい液体が流れていく感覚がする。うまい。運動後、しかも青空の下というシチュエーションもあって、その味は格別であった。
そんな俺の様子をじっと見ている加奈が視界の端に映る。
「……飲むんだ」えー。
ぽつりともらした一言に、俺はまたひやりとさせられた。口を離して加奈を見る。
「……え、ダメだった?」
「いや、ダメではないけど」
なんだよ、はっきりしないな。ちゃんと言ってくれよ。
しかし俺の願いもむなしく、加奈はペットボトルを受け取って蓋を閉めると、それきり口を閉ざしてしまう。
なんだかなあ。あれからまた一層感情が豊かになったかと思えば、相変わらずいまのように読めない顔を見せてくる。
俺は首筋を撫でる。どうやら、話の接ぎ穗を失ってしまったようだった。
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