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それから、俺たちはなにを言うでもなくグラウンドをぼうと眺めていた。順にタイムを測っている女子に目がいく。男とは違って、その走りには荒々しさの欠片もない。剛に相反する柔のようだ。その分、速さに欠けているが。
そういえば、雫はまだか?
まだみたいだな。俺はまた寝転がった。
……なぜだろう。
俺は居心地の悪さを感じていた。それはこの沈黙によるものとは違う、別種のものだ。じっとりと汗をかき、シャツが体に張り付いたような、そんな不快感がある。
そう、なにかがまとわりつくような。これは……視線?
まあ、その道の達人でもなし、たとえ本当に視線を受けていたとしても、それとはっきりわかることなどそうそうないだろう。つまり、これは勘違いもはなはだしい自意識過剰のようなものなのだ。
ちょっとばかり心当たりがあるせいで、少し気が張っていたのかもしれない。
気楽な気持ちで、俺は加奈に訊ねてみることにした。
「なんかさ、見られてるって思うときあるよな」
「そうね。アタシは特に問題児だったし。その手の視線には慣れっこだから、気にしないようにしてるけど。……いまも」
気楽な問いかけにしては返答がなかなかヘビーだったこともあり、俺は口をつぐんだ。いや、ちょっと待て。
いまも、と言ったかひょっとして?
ニュアンスが曖昧なせいでわからない。いま現在も視線を感じているが気にしていないということなのか、昔に限らずいまでも気にしないようにしているということなのか。
寝転がったまま、俺は加奈の横顔を見る。中空に投げたその視線をたどるが、なにを見ているのかまでは掴めなかった。
これは、やはり心当たりについて相談してみるべきなのだろうか。
そう思い至ったところで、向こうから一瞥を投げてきた。思考に耽つつも、目を加奈に向けていたからだろう。目が合うと、俺はこれ幸いとばかりに声をかける。
「加奈」
「なに?」
なんか、やけに緊張するな。
唾を飲み込み、俺は言った。
「俺、ラブレターをもらったみたいなんだ」
◆ ◆
良心に従いその内容は割愛し、しかし必要最低限のことを述べると、それは呼び出しであった。今日の放課後、裏庭にて待つと。読みやすさを考慮したような滑らかな筆致であったが、所々に女の子らしい癖が見受けられた。科や学年、クラスは書かれていなかったが、名前はあった。その名は。
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