第二話

5/68
前へ
/125ページ
次へ
   それから、俺たちはなにを言うでもなくグラウンドをぼうと眺めていた。順にタイムを測っている女子に目がいく。男とは違って、その走りには荒々しさの欠片もない。剛に相反する柔のようだ。その分、速さに欠けているが。  そういえば、雫はまだか?  まだみたいだな。俺はまた寝転がった。  ……なぜだろう。  俺は居心地の悪さを感じていた。それはこの沈黙によるものとは違う、別種のものだ。じっとりと汗をかき、シャツが体に張り付いたような、そんな不快感がある。  そう、なにかがまとわりつくような。これは……視線?  まあ、その道の達人でもなし、たとえ本当に視線を受けていたとしても、それとはっきりわかることなどそうそうないだろう。つまり、これは勘違いもはなはだしい自意識過剰のようなものなのだ。  ちょっとばかり心当たりがあるせいで、少し気が張っていたのかもしれない。  気楽な気持ちで、俺は加奈に訊ねてみることにした。 「なんかさ、見られてるって思うときあるよな」 「そうね。アタシは特に問題児だったし。その手の視線には慣れっこだから、気にしないようにしてるけど。……いまも」  気楽な問いかけにしては返答がなかなかヘビーだったこともあり、俺は口をつぐんだ。いや、ちょっと待て。  いまも、と言ったかひょっとして?  ニュアンスが曖昧なせいでわからない。いま現在も視線を感じているが気にしていないということなのか、昔に限らずいまでも気にしないようにしているということなのか。  寝転がったまま、俺は加奈の横顔を見る。中空に投げたその視線をたどるが、なにを見ているのかまでは掴めなかった。  これは、やはり心当たりについて相談してみるべきなのだろうか。  そう思い至ったところで、向こうから一瞥を投げてきた。思考に耽つつも、目を加奈に向けていたからだろう。目が合うと、俺はこれ幸いとばかりに声をかける。 「加奈」 「なに?」  なんか、やけに緊張するな。  唾を飲み込み、俺は言った。 「俺、ラブレターをもらったみたいなんだ」  ◆ ◆  良心に従いその内容は割愛し、しかし必要最低限のことを述べると、それは呼び出しであった。今日の放課後、裏庭にて待つと。読みやすさを考慮したような滑らかな筆致であったが、所々に女の子らしい癖が見受けられた。科や学年、クラスは書かれていなかったが、名前はあった。その名は。  
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!

331人が本棚に入れています
本棚に追加