第二話

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   ◆ ◆  いくら先行きが暗かろうと、時間は流れ、腹は減る。  昼休みにもなると、俺は呼び出しのことにそう気を配らなくなり、いまでは弁当を心ゆくまで堪能する余裕すらあった。存分に体を動かしたあとということもあって、弁当箱に詰められた料理の品々に食がすすむすすむ。あっという間に、俺はそれらを平らげた。  いまは、前の休み時間に買ってきていた紙パックのお茶で喉を潤している。雫のやつもさっさと食べ終わり、クラスの女子と和やかに談笑中。加奈はというと、俺のひとつ前の机から椅子を拝借し、なおも俺の机にて弁当を食している最中だ。  顔を突き合わせて座っているものだから、つい加奈に目がいく。ただの食事ですら絵になるのだ。  ストローをくわえたままぼうと見ていると、顔をあげた加奈と目が合った。見られていることに気付いていたのかそこに驚きはなく、どこか非難するような目付きだ。 「なによ」 「いや、あまり食べてないなと思って」 「……食が細いほうなの、知ってるでしょ」  虫の居所が悪いのか、言葉の端に険しいものがある。  加奈は箸をそろえて弁当箱に置いた。見れば、手のひらに収まるようなサイズの弁当箱の片隅には、あとひとくち分といった量のご飯があった。雫なんかもよく同じように残したりするが、加奈がそれをするというのはいささか珍しい気もする。どこか具合でも悪いのか。  まあそれを指摘しても、即座に否定の言葉が少々の暴言と共に返ってくるであろうことはいまさら考えるまでもないので、難しいところである。 「飲むか?」  なにか飲めば気分もいくらかすっきりするのではないだろうか。そう思い、俺は手に持つ紙パックを左右に振りつつ言った。なかでお茶が揺れる感覚がある。  そもそも俺と雫が頂戴したせいで加奈の持参したスポーツ飲料が早くになくなってしまったというのもあるし、先の加奈の言葉を借りれば、これはお詫びをかねているのだ。 「……」  その意図が通じたわけでもないだろうが、しばし紙パックに視線を注いだのち、素直に加奈は受け取った。ぽつりと一言「いただくわ」。そのまま飲むかと思いきや、すっと指先で押してこちらに弁当箱をよこしてくる。  口の代わりに目で問うと、 「アンタの糧にすれば」  えらく仰々しい物言いだが、要は食べきれないから代わりにご飯を食えと言っているのだろう。了承した、と俺は箸を手に取った。  
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