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「アル、また遅刻か?」
マーリャス市で剣術道場の師範をしているモルト・ヴァン・ラウェッセも、こんな門下生を持ったことは初めてだった。
「自分の着ているものをよく見てみろ。これで修業をするつもりか?」
言われて少年、自分が寝巻姿のままなのに気付いた。
あわてて踵を返す。
背後から飛ぶ、別の門下生達の笑い声。
「まったく、困った奴だ」
この少年、アルバート・ミュールは三ヵ月前に、クリスティアから山脈を越えた南隣の国フランドルの町、ローレンスから来たばかりという。
どうやら夜警をしていたために昼夜逆転生活になったらしい。
それが未だに響いているのである。
遅刻の常習犯というだけでも注目を浴びる十分な理由だが、彼の場合、もう一つ別の理由があった。
彼は褐色の髪に黄色い肌、蒼い瞳を持つギルヌ人であった。
昔は珍しくなかったが、この頃はマーリャスに住むギルヌ人など数える程しかいない。
もの珍しげに見る者がいてもおかしくないのである。
午前十時を回り、アルバートは衣服を着替えて戻ってきた。
「申し訳ありません、師匠」
「罰則だ。水を被ってこい」
仕方がない。
そう諦めて、アルバートは裏庭に出た。
そこでは彼の同年齢の親友にしてモルトの最初の弟子であったルイス・クリストファー・セグニアがいた。
「おはよう、アル」
「…全然早くないよな、ルヴィ」
そう言いながら、ルイスだけだ。
彼の遅刻に何も言わないのは。
アルバートは裏庭に設置されたパイプの真下に立ち、脇の紐を引く。
二月の水は冷やされ、アルバートを凍り漬けにするかのような勢いで襲う。
耐えるアルバート。
水の放出が終わった瞬間、彼はくしゃみをした。
――何とか寝坊癖を直さないと、体が持たないな。
今までに何度も思った中身の無い反省を、また繰り返すアルバートであった。
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