第1章

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「よし、素振り千回」 アルバートの濡れ鼠など関係なく飛ぶモルトの指示。 馬鹿にする事なく、かといってそれ程気にするでもない。 そんなモルトの態度も、アルバートには有り難かった。 素振りを始めたアルバート。 その顔から表情が消えた。 彼の集中力は、鬼気迫るという表現がよく似合う。 心は爪の先程も乱れず、耳に入るは、ただ師の指示のみ。 太陽が天頂に至り、素振りの規定数は過ぎた。休憩だ。 アルバートの肩が和らぐ。 しかし―― 「すまない、アルバートはちょっと来てくれ」 「…は、はい」 アルバートは考えた。 ――規則違反でもしたか? そんな覚えはない。ならば、唯一の例外の遅刻? いや、モルトは遅刻程度で呼び出す程の者ではない。 「どうした、アル? 早く来い」 「あ…すみません」 もう何でも良い。 とりあえずモルトの部屋に行くまでだ。 道場入口脇の階段を上がり、師範室へと向かう。 モルトはポール島からマーリャスに移住してから三十年は経っているらしい。 クリスティア建国前からだ。 だが、彼の部屋には完全にポール人文化が見えない。 「アル、ここの暮らしには慣れてきたか?」 「…はあ」 てっきり叱られるものだと思っていたのが、拍子抜けした。 「何、説教じゃない。実は…」 モルト曰く、水晶宮の兵士集めに彼の道場にも協力が頼まれている、との事だった。 「そこでだ。昔ローレンスで夜警をしていたアルなら良いだろうと考えた訳なんだが、どうだ?」 突拍子の無い提案に驚くアルバート。 「そ…そんな…なら、兄弟子達はどうなんですか?鍛練に関してなら、俺は最下ですよ」 「反復だけが力ではない。お前に集中で勝てる奴はいない」 「…はあ」 「さて、もう一人候補がいる。ルイス・セグニアだ」 「ルヴィですか?」 「お前以上の実力を持つ門下生は彼だけだ」 絶句。 ルイスに実力を抜かれた事より、自分がトップツーだったことに。 「言い触らすんじゃないぞ」
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