- あの時の宿題 -

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北海道の中心を東西に区切るように連なる峰々。その日高山脈に属する最高峰のポロシリ岳。 私は彼と二人で頂上にいた。 私達はお互い共通の趣味である登山で知り合い、大学時代に付き合い始めてもう今年で七年になる。 お互いに卒業して仕事を始めたせいで学生時代のように山には登れなくなったが、夏になるとポロシリ岳に二人で登るのが毎年の行事になっていた。 「わぁ!素敵!」 私は快晴の太陽の光の下、眼下に広がる雲海の壮大さに感動していた。 「良くもまあ毎年毎年、同じセリフが出るもんだ」 彼が苦笑する。 「だって、素敵なものは素敵なんだもん」 私は口を尖らせて反論した。 彼は側にあった大きな岩に腰をかける。 「なあ、麻衣子……俺さ、来月から海外出張に行かなきゃならないんだ」 私は唐突な彼のセリフに、驚いて振り返った。 「来月って……海外って何処?いつまで?」 立て続けに問い詰める私。 彼は視線を横にずらしながら答える。 「南アフリカで、約一年……」 「ア、アフリカに一年?」 「ああ、新しいプロジェクトでさ、南アフリカでレアメタルの流通ルートを開拓して来なきゃならない」 私は俯いて黙り込む。 「おい……麻衣子?」 彼が心配そうに私を覗き込んだ。 「ぷ……あはは!アフリカかあ!なんかさ、ロスとかニューヨークとかならもっと格好良かったのにね」 「お前なあ、今、南アフリカはすごいんだぞ。携帯の普及と共にレアメタルの価値が高くなって、大体お前は淋しいとか、そうゆうの無い訳?」 私はさすがにちょっと笑い過ぎたと反省しながら答える。 「ごめんごめん、だって秀哉がさ、あんまり深刻な顔して言うからつい」 秀哉は深刻な表情を変えずにゆっくりと立ち上がると、私に向き直った。 「なあ、麻衣子……あのさ………その……俺と……けっこ、ムグッ!」 「駄目っ!」 私は急いで秀哉の口を両手でふさいだ。 「私はアフリカに行く気も無いし、その状態で一年待つのも嫌!だからその言葉は一年後、秀哉が帰って来てから聞くわ……それまでに、素敵なセリフ考えといて。来年までの宿題よ!」 私は一気にそう言うと、優しく秀哉の唇にキスをした。
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