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「あ、のさ……」
いつもの隼人と違う。
さっきまで目を合わせることすら恥ずかしそうだったのに、今は真正面からこっちを見つめてくる。
隼人の瞳は、真っ黒でキラキラしている。
この目がずっと好きだった。
友達と悪ふざけをしているときも、試合中の真剣なときも、勝った後の嬉しそうなときも、負けた後の悔しさをこらえているときも、その全てが鮮やかにわたしを貫いていった。
隼人が座卓から体を起こす。
その動きはスローモーションでわたしの網膜に焼きついた。
近づいてくる距離に、こめかみの血管までがドクドクと脈打ち始める。
逃げたいけど、ダメ。
これは、きっと、あれだから。
隼人の顔が、わたしの視界を埋めていく。
ファーストキスってやつだ。
い、いいのかな。
友達が言ってたけど、三回デートしたらキスしてもOKで、三回キスできたらその次で……。
でもわたしも隼人も、デートなんてまだろくにしていない。
最初から部屋にあがっちゃったのは間違いだったかもしれない。
軽い女だって勘違いされてたらどうしよう。
初めて好きになった相手も、中学からずっと好きだったのも、隼人なのに。
でも、そういった思考は全て吹き飛んだ。
目を閉じた瞬間、鼻と歯がゴツンとぶつかってきたのだ。
「っ!」
わたしもびくってなったけど、隼人も飛び退くように身を引いた。
口のあたりを手で押さえて、びっくりした顔をしている。
キスするときに勢いがありすぎたのだ。
そうか、実際にはテレビやマンガみたいに上手くはいかないものなんだな。
心臓が肋骨の中で暴れ回っている。
呼吸困難に陥りそうになりながら、わたしはそんなことを考えていた。
一方、隼人はものすごくショックを受けているみたいだった。
「ごっ、ごめん! 俺、かっこわる……」
「そ、そんなことないよっ」
わたしの方も、それだけを言うのが精一杯だ。
うなだれていた隼人が、再び顔を上げる。
その熱っぽい目に、仕切り直しをするつもりだということがわかった。
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