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いくつかの病室に回った後、澪は心臓移植を待っている患者を訪れた。心臓移植を待っている患者、野上尋人(のがみひろと)、24歳、英語教師である。
ドアをそっと開ける。六人部屋の窓際で、右を向いて外を眺めていた尋人に声をかける。
「失礼します。野上さん、お加減は如何ですか?」
「あっ、秋川先生。昨日も何もしなかったし、本を読んでいただけだったので大丈夫です。今日も元気です。」
尋人は、にっこり笑って力こぶを見せるように腕を上げた。
心臓移植を待っている患者、心臓移植だけではないが、時々、治療を拒み、もう生きられないし、なんて思ってしまったり、生きることを諦める人が居たり、居なかったり。
「そうですか。落ち着いているみたいですね。」
「はい。今日は外を見てました。良い天気です。だから僕も元気になれます。」
「良い天気ですよね。」
「それに。」
「それに?」
「…秋川先生が、居るから。」
目を見て言う。
「え?私ですか?」
きょとんとした表情で首を左に傾げる。
「あ、困らせましたよね。ごめんなさい。」
「困るだなんて、そんな。私が居て、元気になれるなら医者冥利ってやつです。」
ニコリと笑った。
そんなんじゃないんだけどな、なんて言葉が喉にひっかかる。
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