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服に着替える。何故かこの瞬間がいつも寂しく思う。それは彼女にも分からない。急に寂しさを感じてしまう。
いつだったか、あの日のことをなんとなく思い出す。「熱」と「痛み」を感じたあの日の夜こと。
「もしも。」
翔太郎の「もしも話」は妙に現実感があって、怖い。「もしも話なんて止めようよ。」と言っても、最後まで聞いて欲しい、と甘く請われる。愛しい人からの甘い声に逆らえるわけもなく。
「もしも?」
「うん、そう、もしも。」
焦らすところもまた現実感。仮想の話なのに、と。
「…もしも俺が植物状態になったら、臓器提供、してくれるかな?」
「植物状態になったらって、翔太郎君がそんなことになるわけないよ。」
「普通に年とって、澪と結婚して、こども作って、こども育てて、病気で死ねたら、それは最高。でも『急に』なんてあることで。事故に遭ったら、澪がいる病院に運ばれて、脳死判定を受けたら、澪に臓器移植をして欲しい。臓器提供を待ってる患者に移植をして欲しいよ。澪の手で。」
「そんなこと、言わないでよ。」
どうしてそんな事言うのだろうか、不思議に思ってしまうが、翔太郎は真剣な表情をして澪にソレを紡ぐ。
「手術受ける時も澪にしか身体見せたくないから。」
「どうして?なんで悲しいこと言うの?」
翔太郎は澪の髪を掬って、口付ける。澪は翔太郎の顔に触れる。柔らかな表情を見せる。
「事故に遭って死ぬんだろうなって思うんだ。そんな気がする。」
「事故に遭うなんて分からないよ、そんなの。絶対事故に遭わないんだもん。翔太郎君。私が遭わせないもん。」
「優しいな、澪は。それを聞けただけでも嬉しいよ。俺の言うこと守ってくれる?守ってくれたら、もう一回『あげる』よ?」
「…ずるい。ずるいよ…。翔太郎君の言うこと、私が破ったことある?ないよね?」
「確かに。」
沈み落ちていく。嗚呼を何度も何度も。
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