81人が本棚に入れています
本棚に追加
駅まで手を繋いで歩いていく。恥ずかしい、そう思うが、何故だか手を離せないでいる二人。でも離したくないよ、そう言っているみたいで。力が入る。この手を?今?いつ?明日?明後日?一秒でも長く繋いでいたい、と思わずにはいられない。
満員電車の中でも密度を感じる。支える身体に隙間をあたえない。誰にも触れさせない。
「次の駅だね。」
「そうだな。」
「今日も幸せになってもらえるといいな。」
「だといいな。今日も頑張るよ。帰りは明日の朝だったよね?」
「うん、今日は当直だから。明日の朝。」
「頑張れよ。」
「うん。」
いつもの会話。なのに澪が切なく感じるのは、翔太郎の「勘」の所為かもしれない。周りの人間には、「勘が当たるなんて凄くない?」「未来が見えるんじゃないの?」「非科学的だよね。」なんて言われ様。正直、澪には気が悪い。ソレを聞くと澪は翔太郎の顔を見る。翔太郎自身は、ただの勘だよ、なんて優しく諭す。気にしてないよ、だから気にしないで、と。澪は翔太郎が自分には勿体無いほどの存在だな、そう感じていた。それは今でも思っていることで。
触れた指先を感じたまま、電車が降りる駅まですぐそこである。「お忘れ物にお気をつけ下さい。」という車掌さんのアナウンスが聞こえる。名残惜しい。
「降りなきゃね。」
「うん。あっ。」
「え?」
「忘れ物した。」
「わ、忘れ物?何忘れた…っ。」
翔太郎は澪の言葉を遮った。キスをする。
「忘れ物。」
やってやったという顔をする。でもソレはいつも通りで。翔太郎は意識していないみたいで、澪ばかりが意識している。公共の場で何をするの、いつもなら恥ずかしくても軽く、「恥ずかしいな、もう。」が言えるのに、うまくいかない。驚いている。
「じゃ、気をつけて。」
「しょ、翔太郎君も気をつけて。」
「はい、姫様。」
「…っ。翔太郎君。帰るまで待ってて。絶対だよ?」
「分かった。待ってる。」
澪は電車を降り、ホームに降り立つ。翔太郎が乗ってる電車を見送る。軽く手を振る。いつものソレではなくて。
最初のコメントを投稿しよう!