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ふと店内の時計を一瞥すると既に18時を過ぎていた。帰宅して夕食の支度をしなければならない。
あれだけ掻いていた汗も冷房のお蔭でひき、今では寒いとすら感じる。遼平は“ありがとうございましたー”と店員の気怠そうな言葉に見送られながら、店内を後にしたのだった。
一歩外へ踏み出した途端、熱気と蝉の鳴き声に襲われた。ああ、今は夏だったと思い出しながら、重い足取りでスーパーへと向かったのだった。帰宅する頃には、19時となっていた。
「ただいま」
薄暗い玄関で靴を脱いで呟いた言葉は、蔓延する静寂に吸収された。誰もいないわけではなく、リビングに遥がいるはずだ。始めの内は寂しかったが、今では慣れてしまった自分がいる。
「遥、ただいま」
案の定、リビングで漫然と天井を見据えていた遥に、もう一度いった。しかし遼平を一瞥するだけで、すぐに天井へと視線を戻した。
「腹減っただろ?今日はハンバーグだからな」
明るく振る舞いながら、値引きシールが貼られたパック入りの挽肉を、袋から取り出した。
「兄ちゃんさ、またクビになっちゃったよ」
挽肉をこねながら話題を振ったが返答はない。いつもの事だが、沈黙に耐えられず話し掛けているのだ。
「でも心配しなくて良いからな?ちゃんと次のバイト見つけてきたから」
ジューと、小判型に形成した肉の焼ける音が、静かな部屋に響く。
「面接は明日なんだけど、そのまま働くかもしれないんだよな。その場合は20時に終わるから21時には帰ってこれると思う。なんか変わったバイトっぽいから、はっきりは分かんないんだけどな。一応、生活費は置いておくから留守番を頼むな」
もし治験の類なら、そのまま働く可能性があると考え、念のために言っておいた。
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