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白い天井と白い壁。そして清潔感が漂う部屋に、仄かに香る薬品の匂い。そのなかで白衣を着た人が、真剣な表情で綾瀬里香を見ている。
「ーーー?」
視界に映る白衣を着た人が何かを言っている。しかし何も聞こえない。
「ーーさん」
白衣の男性の口は忙しなく動いているのに、肝心な声が聞こえない。その光景はまるで、餌を求めて必死に口を開閉させる鯉のようで、どこか滑稽に思えた。
「綾瀬さん」
両肩を激しく揺さぶられ、宙に浮いていた里香の意識が本体へと戻った。自分はどうしていたのだろうか。真剣な眼差しの医師と視線を合わせながら考える。
そうだ。あまりに笑えない冗談を言われ、ショックを隠せずにいたのだ。
「すみません。先生の冗談が余りにも、つまらなかったものですから」
失礼を承知で本音を溢してしまった。それほど面白くなかったのだ。医師は深刻な表情で里香を見据えている。もしかすると自信のあった冗談だったのかもしれない。
不謹慎なことを言った医師が悪いと思うと同時に、他の言い方をするべきだったと後悔の念に襲われていると、医師が徐に口を開いたのだった。
「……綾瀬さん。信じたくない気持ちは良くわかります。ですが受け入れて下さい。これは現実なんです」
「ですから、笑えない冗談はよして下さい」
「残念ながら冗談ではありません」
自分を見据える表情からは、冗談を言っているようには思えなかった。里香は生唾を飲み込み、一度だけ大きく息を吐いた。
「……それでは、祖母は本当に?」
「はい、癌に蝕まれています」
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