プロローグ

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瀬名五巳(せないつみ)は追われていた。 暗闇が包む深緑の森の中を彼はひた走る。 五巳はすでにぼろぼろだった。 走っていくうちに白いワイシャツは木の枝に裂かれ、草の汁やぬかるんだ泥で汚れている。 ジーンズはダメージジーンズといっても差し支えない程にびりびりに破れている。 そして長くのばした髪は服と同じく泥にまみれ汗にまみれている。 今は四月。 そこまで気温は高くない。 それでも五巳がここまで汗をかいているのには理由がある。 ひとつは単純に運動によっての汗だ。 もう走り続けて何時間経つだろうか。 五巳自身は既に時間の感覚は無いに等しい。 客観的視点から時間を述べるならば、その時間はゆうに四時間を超えている。 四時間を超える時間を五巳は走り続けているのである。 しかも全力疾走で、舗装された道路ではないぬかるんだ地面を、水分補給もなしで、走り続けているのである。 とは言っても、水分補給は無意識のうちにしている部分がある。 昼間のうちに降り続いた雨のお陰で木々に雨の滴が溜まっているのだ。 五巳は無我夢中で走りながらも、無意識のうちに水分を補給していたのである。 まったくもって幸運なことだ。 しかしこの点で五巳は幸運であったとしても、全体的に見れば五巳は不幸である。 五巳が自身の背に気配を感じたとき、汗で濡れた額にまたもや玉のような汗が吹き出す。 ふたつめは冷や汗である。 五巳は追跡者から言いようのない気をぶつけられ続けている。 殺気、といえばいいのだろうか。 少なくとも五巳を幸運へと押し上げる気でないことは確かだった。 五巳は気配を感じて振り返る。 そこには誰もいなかったが、首を戻して正面を向き直ったとき、五巳の正面に二人の男女が立ちふさがった。 「瀬名五巳さァん、見ィつけたァ!」 「瀬名五巳さん、発見致しました」 顔立ちのよく似ている男女だった。 男は黒いタキシードスーツに黒いネクタイを締めている。 女はゆったりした袴に厚手の道着を着用している。 男は右手に不自然なほど大振りなナイフを。 女は左手に不自然なほど長すぎる日本刀を。 それぞれ構えている。 追跡者は、追跡者であると同時に、 殺人者であった。 五巳を狩る狩人でもあった。 首を刈る死神でもあった。 どうしようもなく五巳は死に囲まれている。 その事実が五巳の額に更に汗を浮かべるのだった。
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