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「あれって?」
紙パックの野菜ジュースにストローを差しながら、彼女は答えた。
「その……飛び降りの…」
誰に話すにも躊躇われたこの話題は、やはり彼女が相手でも変わらなかった。
だが、そのあとが違った。
「あぁ、あのことね。」
と、彼女は沈黙を遮って続けた。
「知ってるけど、」
ズズズっと、ジュースを一気に飲み干してふっと一息吐くと、フェンスの向こうに目をやり、
「彼女は飛んだのよ。飛び降りたんじゃない。」
と、そう付け加えた。
僕はといえば、驚きのあまり、返す言葉を失っていた。
まさかあの瞬間を、自分と同じように捉えた人間が、他にもいたとは思いもしなかったのだ。
それがこの変人なのは、素直に喜べないところであったが、それでもこの共感は、僕の気持ちを高揚させるには十分過ぎた。
「そう、だね。」
と、ようやくそれだけを返し、視線を彼女と同じ方向に向けた。
ふと、彼女の方を見やると、またその眉が少し上がっていた。
きっと同じ感覚にとらわれているのだろうと思っていると、今度はその目が急に近づいてきた。
「ふ~ん。」
と、値踏みするように彼女の首が上下に動く。その間に、風に揺れた彼女の長い髪から、優しい香りが鼻をくすぐっていったのがわかった。
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