55人が本棚に入れています
本棚に追加
どうせ自分には出来ないのだから、アンタがやってみせてくれ、と、恥も外聞もなく、ただ懇願するようにもう一度空を見た。
すると、まるでそれが合図だったかのように、その体が少し沈んだ。
ただでさえ熱気を含んで重苦しい空気が完全に止まる。周囲から息をのむ音が聞こえそうなくらい聴覚が鋭くなり、目の奥には熱くなるような痺れを覚えた。
まさか、嘘だろ?
体は暑さを忘れていたのに、汗だけが流れ落ちてくる。頭の熱に反比例するように、どんどん身体だけが冷えていくのがわかった。
なんだ?何をするつもりだ。
本当は、そんなこと考えるまでもなくわかりきっているはずなのに。
しかし、その場にいた誰もが思ったであろう問いに、思考は束縛された。
そして次の瞬間、周囲の悲鳴を切り裂くように、その体は宙へ飛び出した。
ふわりと優しく解き放たれて、切り取ったように静止した時間の中で、僕は確かに、そいつが飛んだことを実感した。
現実が身体をすり抜けていくような感覚だった。
その後に、抗いようのない重力が襲い掛かることも忘れて、力学的に自由なその一点に、目を、心を奪われた。
何もなくなった。全身に体温が戻り、周りの生徒が動揺のうちに登校する中、ただ僕だけが、その座標から動けないままでいた。
最初のコメントを投稿しよう!