55人が本棚に入れています
本棚に追加
/131ページ
「難しく考えなくていいと思うけど。」
と、出題者は飄々と言う。
「……ヒント、は?」
糸口すら掴めないのでは解答のしようがないのだが、
「そのうち、ね。」
と、早すぎる妥協には応じてくれなかった。
やがて駅舎には西日が差し込んで来た。
オレンジ色に染まっていく世界の中にあっても、彼女はやはり綺麗なままだった。
橙と藍が出会う頃、僕らはようやく電車の中にいた。
疲れのせいか定期的な振動のせいか、強い眠気に襲われながら、夜へと向かう世界を、電車はゆっくり南下していく。
彼女は窓に、僕は目の前の虚空に頭をもたげて、静かにそのリズムに身を委ねていた。
「ねぇ、」
不意に彼女の声が耳に届いた。
「もう寝ちゃった?」
静かに優しく響く声は、夢の中のように無自覚に鼓膜を刺激する。
声を出すことも億劫になって、身じろいでそれに答えた。
「よく眠れるように、昔話、してあげる。」
また頼んでもないことを、断りもなしに始めようとする。
抗議しようと覗き見た彼女の横顔は、車内灯が作る影のせいか、どこか寂しそうに見えた。
楽しげな表情が記憶に新しい僕にとっては、それがとても印象的だった。
最初のコメントを投稿しよう!