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「ごめん」
小さい、小さい声で口にした言葉は不思議なくらい、広い空間に響き渡った。
目の前の、涙を目にためた彼女は瞼の裏とは対照的に今にも崩れてしまいそうなほど脆く感じられた。
もう戻れない。
わかっているけれど嘘だと、愛してると言いたかった。
でも、言わない。
今更、言えない。
一瞬の沈黙の後、彼女は髪を耳にかけながら笑った。
陰りのある自嘲めいた笑みだった。
「…そっかぁ、ごめんね、気づかなかったよ。私、凄く楽しかった。初めて本気で人のことを愛してると思った。ありがとうね。りゅ、うちゃ、ん」
最後の僕の名前は震えていて、彼女の目尻からは雫が零れていた。
抱きしめてあげたかった。
その涙を拭ってあげたかった。
俯いて涙を拭く彼女に伸ばしかけた手を握りしめて下ろす。
「じゃあね、隆ちゃん」
彼女はそう言って僕の隣をすり抜け、長い廊下を走っていった。
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