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「伊吹さんといる時は、あんな風なのに、僕には違うんだよねえ」
だが、次の言葉は、どこか切なげでもあった。
「まあ……竜也は、京ちゃんのことが大好きだから」
それを聞いて、流衣子もため息交じりに答える。
すると、隣を小さい片手鍋を持って歩いていた京平が、ぴたりと立ち止まった。
「京ちゃん?」
それに合わせて立ち止まった流衣子は、けげんに思って、京平の名を呼ぶ。
「流衣子ちゃんは、どうしてそう思うの?」
「えっ?」
「さっきの言葉の意味だよ」
だがその言葉には、拍子抜けしてしまった。
そして、なーんだそんなことかと思いながら、
「だって、好きな人の前ではかっこつけたいもんでしょ?」と、言った。
それは、とても単純(シンプル)な事実だった。
そう。
自分ですら、わかる程の。
少なくとも、流衣子はそう思っていた。
と、その時だった。
ぱふっと、持っていた片手鍋を高く上げて、反対側の手で、京平は流衣子を抱き寄せた。
「きょ、京ちゃん???」
「う~ん、やっぱり癒されるよなあ」
そうして、頭をぐりぐりと頬ずりされる。
しかし、流衣子は京平が持っている片手鍋の中身がこぼれないか、気が気でなかった。
「流衣子ちゃんがここにいてくれて、正解だったなあ」
だが、ふっと呟かれた言葉に、流衣子は体の力を抜いた。
確かに、京平達は大人だった。
でも時々―本当に時々だけど、そんな言葉を呟くことがあった。
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