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声をかけてきたのは真面目そうな男。
後ろの二人が目に入って無かったら話くらいなら聞いていたかもしれない。
長髪の男と、スキンヘッド。
長髪から零れる魔力は常人の量を大きく超えている。
魔力の量と強さが直結するわけでは無いけども。
これだけの魔力を持っていられるのは魔力持ちの中でも、魔術師だけ。
それでも、普段なら負けない自信はあるのに。
私が勝てない同世代の魔術師は業界でも天才と名高い椎名管理区域の内海さんくらいだ。勿論一年もすれば立場が逆転している可能性は高い。私があんなのに負け続けるはずが無い。
「九条さん? 聞いたこと無いです。人違いじゃないですか?」
この人たちはきっと良からぬ輩に違いない。何とかこの場を切り抜けなくちゃ。
「……覚悟の上での二足の草鞋だろ。多くの人間がお前の顔を知っている」
「私の異能は『人の嘘を見抜く』ので、諦めましょう」
呆れたように言うスキンヘッド。真面目そうな男の心ない言葉で私は言葉を失う。
山崎さんの劣化版のような異能だ。
「さて、ここで暴れてもらうと周囲の人間にも危害を加えなきゃいけなくなる。俺は無駄な仕事はしたくないんだ」
それだけ言うと、スキンヘッドは付いて来いとばかりに私の横を悠然と通り過ぎた。誰も喋らないまま、随分歩いた。
いつの間にか大通りから外れた場所に来ているらしい。
東京の中ではどちらかというと田舎に位置されそうな土地だけど、それでも東京。
周囲は昼のように明るい光が建物の隙間から零れて見える。
その光に届きそうで届かない絶望感に打ちひしがれていると後ろから長髪の男に声を掛けられた。
「お前やっぱり良い女だな。俺の名前は木田だ。後で良い事してやるから覚えとけ」
醜い顔を歪めたかと思うと、笑い声を上げた。
どうやら笑顔だったらしい。
「木田。仕事を忘れるな。今回の依頼は何が有ってもしくじれないぞ」
スキンヘッドの言葉を聞くと不満そうにしながらも、木田は歩調を緩めた。
私は内心の動揺と怯えを隠すために前を向いた。
それとほぼ同時に気付く。
両足が情けなく震えている。
男たちの慰み者にされ、何らかの交渉の材料に用いられる。果ての無い地獄を見続けることを考えると、何より先に涙が出てきた。
自分がこんなに情けない人間だなんて知らなかった。
逃げなきゃ。
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