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彼はこちらに気配を感じさせない。
息を潜める野生の獣の様な。
まるで生まれた頃から殺気を消せなければ生きていけない環境で育った様な。
そんな空気を纏い、彼は動き出した。
「お願い!! 逃げて!!」
あの気配の殺し方は並みじゃない。
魔力持ちであるかどうかは別として、対人戦に特化した何らかの分野の達人であるのは間違いない。
獣のように完全に気配を絶つ。これはそこまで不思議な事でも無い。出来る人は多くは無いけど少なくも無い。
問題は私が目視しても戦意すら感じ無い、という点だ。
戦意すら無く戦闘態勢に入るのは、空手や剣道の様に、ある種精悍さすら感じさせる。
現に実力に自信のある風だった彼ら三人も私が叫ぶまで気付いた素振りは無かった。
「あぶない、見られてたのか」
目の前で無言で立ち尽くす彼の威風堂々たる出で立ちに見惚れ、気を抜いた刹那に、呆気なく捕まった。
目つきは悪いが端正な顔立ちをしている。レジ袋を持っているあたり、近所の住民かもしれない。
中肉中背の男が後ろから私の手をひねり、効率的に私の動きと希望を封じる。
情けない悲鳴が勝手に口から零れた。
「おい、そこの。今なら見逃してやるからさっさと消えろ」
三人の男達が自分勝手な会話を膨らませる間、颯爽と現れた青年が動く事は無かった。
もしかしたら、さっきの動きは助けを求める私が見た幻覚で彼はただ足が竦んでいるだけなのかもしれない。それなら戦意を感じ無かったのにも頷ける。
もしもそうなら悪い事をした。
次々とピースが埋まり導き出した結論に肝を冷やす。一般人を、私が、巻き込んだ。
何とか、彼だけでも逃がさなきゃ。
そういう結論に行きついた私にとって彼らの条件は理想的。
ここは頷いてもらって、見えないところから携帯で警察を呼んで貰えるとありがたい。
力不足の自分を嘆き、青年を巻きこんだ事を悔い、目にはまた涙が溜まってきた。
もしも願いが叶うなら私は今すぐこの場を切り抜け、彼に謝罪とお礼をしたい。
彼がにっこりとほほ笑む。今の私の心境を察したうえでの表情なのかと考えた瞬間、心臓がキュッとなった。
優しい笑顔のまま彼は木田に言葉を返す。
「てめえら捻り潰してから、そこの女と一緒に帰るよ」
思わず、そんな、と小さく漏らした。
そんな馬鹿な事。
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