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目をつぶって現実逃避をしてしまおうか。
後悔で折れそうになっている心に素直に従って臆面も無く泣いてしまえれば……。
月明かりと街灯で照らし出されているとは言え空は真っ黒に染められ、周囲は暗い。
だからこそ確信は持てないけど、何となく彼は今、三人では無く人質になってしまっている私を見ている気がした。
猛禽類の鋭い目とはまた違う、温度を無くしたような冷たい目だ。
今の状況にもそれほど慌てた様子も無く、ゴミでも見るような冷たい目つきは、助けられようとしている私ですら、今まで感じた事のない種類の寒気を感じる。
助けようとしてくれてるのに失礼な事を考えていると彼がフッと口元の緊張を解いた。先程木田に見せた笑顔よりもいくらか優しい。
私の緊張をほぐそうとしてくれているのかも知れない。目つきが怖するけど。
「おい、何がおかしい」
勘がいいのか何なのか、ハゲもとい岩崎の口調は急に緊張感を帯びた。
彼の目を見ても何も感じないのか、岩崎と木田は彼を殺す決断をしている。
木田が彼に向きなおり、馬鹿にするような言葉を並べた。
「お前も馬鹿だよな、ファンはファンらしく陰で応援しとくべきだったな。お前じゃ電車男にはなれねえんだよ」
これ台詞があくまで、木田の予想だと理解はできても、私の思考は加速的に木田の仮説を認めていってしまう。
さっきと同じで悪い方向への仮説は組み立てるのに時間を要さない。すぐさま不安が到来する。そしてそれはすぐさま、今度は完全に、払拭される。
不意に。
彼の口角がツイと持ち上がった。
――冷たい汗が背中を伝う。
「……お前、頭おかしいだろ。普通この状況じゃ笑えねえよ」
魔力を爆発的に解放させた木田の言葉に促されるように彼に目を向けると、またさっきのように、笑みを浮かべている。
ただ、今度の彼の笑顔は喜色に染まっている。彼の冷たい目に見合う、暴力的な嘲笑だ。
――まるで、戦いを好む修羅のように。
間の抜けた「魔法使い」宣言が今度は圧倒的な説得力を携えて、彼の口から告げられた。私は、夢見がちな少女のように突然現れたヒーローに頼ってしまう。
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