プロローグ

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 煙草の煙が目に沁みる。  眉を顰める。煙では無く眼前の光景に対してだ。ついでに溜息も吐きたくなる様な光景だが静かに飲みこんだ。聞くところによると溜息は幸せが逃げるらしい。 「ここで見た事忘れろ。そのまま帰れば見逃してやるから」  ぐへへ、なんて笑い方をしそうな、小汚い長髪の男が口を開いた。プロレスラーを思い起こさせる体つきをしている。  見逃してやる、という言葉に信憑性は全くない。  俺の目から見れば、事のついでとばかりにUターンした瞬間背中を刺すくらいしてくれた方が自然な連中だ。  ひとまず、状況を整理する。  草木も眠る丑三つ時。  三人の暴漢と今にも襲われそうな女。向かい合う形で俺。  スキンヘッドの男がリーダー格の様だった。長髪の男が先程の台詞に対して何の反応も示さない俺の処遇を訪ねている。もう一人の男は、俺に気付いた瞬間からスキンヘッドの後ろに隠れた。  煙草の煙を吹かす。  穏便に済ませてくれる気配は全くない。  いや、三人がかりで襲いかかってきた所で何も問題は無いのだけども。  拳銃も持ってない"一般人"に俺が負ける事はまず無い。これはもう断言しても良い。  俺と彼らとの絶対的な差は、一般論が通じる域を遥かに逸脱している。  物理現象を尽く無視する学者泣かせのチカラ。  そういうチカラを行使する人間の中での俺の力量を簡単に説明すると最下層と言わざるを得ないが、準備の時間や心許ない威力の問題を差し引いても、一般人に遅れを取るつもりはない。  ここは椎名管理区、"魔術"を行使しても幾つか反省文を書かされるだけで済む。  煙草を地面に落とし、靴で揉み消す。 「お? 帰る気になったか?」  長髪の男がカエルの様な顔が崩れた。笑っているらしい。  帰れるものなら帰りたいが、彼らの後ろで女が涙を流している。  強張った顔から恐怖を読みとるのは容易い。  女が泣いてる。ここで帰るなんて真似が出来るはずが無い。 「てめえら捻り潰してから、そこの女と一緒に帰るよ」  笑顔で告げた。ポケットには常時携帯してる秘密兵器もある。万が一は有り得ない。 「お前、何様だよ」  長髪の男の声は心なしか弾んでいた。  静かに、溜息を吐く。  「最近職を失った魔法使い様だ」
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