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「ごめんなさい。大丈夫です」
スックと女は立ち上がった。
市原に怯えていたにしてはどうも立ち直りが早いように思えた。
「お名前を窺っても?」
人に名前を聞くときは自分からだ、と言ってやろうかとも思ったがそれは止めた。
ガキっぽいにも程があるし、何より、今の今まで怯えていた女性にその対応は冷た過ぎる。
何より、この女。
優しくするのに、値する妖艶な魅力を持っている。
「山田平次です」
だからと言って、本名を素直に教えるのは憚られる。
何と言っても、我が実家は有名だ。名前を教えるだけで、何かが良くない方向に転がる可能性も無いとは言えない。
どちらかというと服には無頓着な俺でも分かるほどに、女のファッションセンスは秀逸で、テレビで見るタレントを思わせた。
何とかお近づきになりたいが、それと名前とはまた話が違う。
「あの警官と、山田さんは、知り合いなんですか? 直接掛けていた様に見えましたけど……」
これは、勿論、110番を使わなかったよね? という質問に違いない。
「ただの腐れ縁だ」
質問に答えたのは俺では無く市原だった。
「おい、あいつら三人は良いのか?」
自分で呼んどいて何だが、さっさと、手錠をはめて安全な状況を作り出してもらいたい。
質問にどう答えるかちょっと考えに詰まっていたことは捨て置くことにする。
その都合のよさこそが俺の魅力だ。
「とりあえず、一番優秀な魔力を持ってたハゲだけ、抑えた」
「ああ、それアレだ。リーダーの岩崎君」
戦闘狂の一面を知っている俺からしてみれば、俄かには信じられないが、市原はこれでも警察の高級官僚候補だ。
一介の警察とは違い、魔力持ちのステップアップには、勤続年数と、実力の情報が要求される。
そんな市原は現時点でもかなり上等な地位を与えられているとか。
そんな男に、必要な情報を明け渡すのは、当然と思えるが。
「……また」
それほどの男に(昔馴染みとはいえ)、こんな言葉を掛けられると返す言葉が見つからなくなってしまう。
「……また拷問したのか? あの炭みたいな男は拷問のなれの果てか?」
なぜ、たかだか三人組の頭の名前を伝えただけでその発想に行きつくのか。
何より、普段冗談の類をあまりしない男のこの台詞が冗談なのか、どうなのか。
今の状況を顧みると、俺にはいまいち理解できない。
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