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「嫌な予感」という言葉が有る。俺はこういった感覚頼りで根拠の無いものが大嫌いだ。
ただ、残念な事にとでも言うべきか、俺は俺自身の嫌な予感というものに全幅の信頼を寄せている。
悲しいかな当たるのだ。
そして、厄介事に巻き込まれる。あーこれは面倒くさい事が起きるぞ、と思ったところで避け方は分からない。ウケる。使えない。不安だけ煽りやがる。
だから俺は「嫌な予感」が大嫌いだ。そうだ、感じた瞬間駆け足で家に帰れば良い。帰宅後、二秒でコタツに入り、三秒で眠ってしまおう。完璧な嫌な予感対策マニュアルが完成してしまった。
馬鹿な思考を打ち消し、紫煙を吐き出しながら目の前のコンビニを眺める。すでに日を跨いで数時間経つのに、週末のせいもあってか、客足は途絶えることを知らない。
俺はつい先日この店をクビになった。経営状況が芳しくないことと、俺の将来を憂いた結果の判断だと店長に涙ながらに謝られた。
見た限りは、客の数に一月前と違いは見受けられない。
実際、客は減っていないのかもしれない。
というのも、ここの店長はどうやら俺をクビにして直ぐに小池さんというえらく綺麗な女子大生をバイトに入れたそうだ。
何とも不条理。
二十五にもなって俺は、コンビニの雇われ店長でしかないハゲ散らかした小太りの変態、伊藤の独裁に抗う術すら持っていなかった。
それが何とも遣る瀬無くやけ酒を煽るためにと俺はこのコンビニへと足を運んでいた。
俺をクビにするほど魅力のある小池さんの見物と、伊藤への意趣返しを兼ねていたつもりだったが、そう上手くは行かず、店内には伊藤のほかに、小太りのおばちゃんが居るだけだった。
店で一番強い酒と大量の煙草と幾らかのツマミを袋に詰める際、伊藤が俺と目を合わせることはついぞ無かった。
「帰ろ……」
くわえていた煙草をコンビニ横の灰皿に押し付け俺は温かなコタツの待つ家へと歩き出した。
三月の終わりとは言えまだまだ寒い。
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