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「見てのとおり当日用のチケットは心配無用な程に準備されているのだよ。まあ、当日分のチケット販売を主に想定していたせいで、前売り分のチケットを数作っていないというところだろう。君もおかしいと思ったのだろう? 聞いたことのない無名のサーカスが、ありふれた小さな街に突然やってきて公演。前売り用のチケットが完売御礼というのは些か無理があると思わないか」
亜子は失礼と思いきや大きく頷いた。
納得したのはいいが、今になって前売り用のチケットがないことが判明。わざわざ足を運んだのに収穫がないどころか、前売りチケット絶賛販売中と宣伝しておきながら、実はあまり準備していないからないのだと他人事のように言われる始末。営業スタイルとして問題がありのサーカスである。
「じゃあ、この箱の中に入っていた当日用のチケットでいいから売って」
「それは無理だね」
「どうして?」
「これは当日用のチケットであって、今日売れるチケットではない」
「そういうポリシー云々の話はわかるけど、物理的に売ることは可能でしょう?」
「いや、物理的にも不可能だね」
「……」
亜子は頑として売ろうとしない男に業を煮やす。
男の様子では確かに売りたくても売れないのだというニュアンスは伝わってくる。しかし物理的に無理とはどういうことなのだろうか。
胡散臭くて仕方がない亜子は疑いの眼差しをストレートに男に送った。
「そういう目で見られても無理なものは無理なのだよ。君の目には私はわからずやの頑固者にでも映っているようだが……」
「違うの?」
納得しない亜子に男は再度箱を開けるように告げた。何度も開けさせてもどうせ入っているのは当日用のチケット。一度見れば亜子だって理解する。それをなぜまた開けて見せようとするかが亜子には理解できなかった。
男に言いたいことは沢山あったが、とりあえず指示通り再度箱を開ける。
箱の蝶番が錆びて軋む音を出しながら箱が開く。
「!!」
開けた箱の中には何も入っていなかった。
からっぽ。紙切れ一枚すら入っていない。確かにさっきまで溢れるほどに入っていたチケットが忽然と姿を消していた。
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