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忌むべき人形
円形の舞台。
舞台を扇状に観客席が取り囲む。舞台を一番低い位置とし、階段の段差を思わせる観客席が下から上へかけて設置してある。テントの中心部だけあって天井が高く、空間に開放感がある。サーカスを公演するのに申し分ない場所だった。
まだ飾り付けなどを施していないせいで少々殺風景ではある。それでも一番サーカスで華やぐ場所なのだ。
公演日でないために、当たり前だが客は誰もいない。
無人の舞台の照明は落としてあり、最低限の小さな照明が舞台場を照らし出していた。とはいえ、現時点でこのサーカス内では一番明るい場所と言っても過言ではない。
普段は団員ですら舞台場に姿を現さない。基本、このサーカス内で練習熱心な者はいない。公演前にリハーサルを行う程度で、練習などしていれば不幸にも真面目と評価されることもなく、いい笑い物にされるのが関の山だった。
そんな舞台場に人の気配を感じて足を止める者がいた。
口にアイスキャンディーをくわえて、団扇を扇ぎながら自分の部屋へと帰ろうとしていた少年だった。年の頃は十代後半。同年代と比べると身長は少し低めで、髪は短く切り揃えている。クリッとした目元で、人懐っこい印象を与える容貌。左耳には小さな金色のリング状のピアスを三つつけていても変な印象を与えない。
たまたま舞台場近くを通りかかって、思いがけず足を止めていた。
「うっそ! 誰か練習してんのっ!」
少年は目をぱちくりとさせて、舞台袖から中を覗く。
誰だよ、誰だよ。
練習なんてしてんのは。
明日槍でも降ってきたらどうしてくれんのさ。
団扇を扇ぐ手を止めて覗き込めば、舞台場の中心に少年のよく知っている人物を一人確認することができた。
頭にシルクハット。手にステッキ。このくそ暑い真夏の最中でも顔色一つ変えずに燕尾服に身を包める男など、このサーカスには該当者はたった一人しかいない。
少年は舞台袖からひょいと飛び出すと、団扇を扇ぎながら舞台場に姿を見せた。
舞台場に立つ男も少年の存在に気づくと少年を横目で見た。
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