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サーカスで一番明るい場所に立っているのにもかかわらず、男の目元は影になってはっきりしない。いつもそうなのだが、公演当日のあのスポットライトが降り注ぐ最中の舞台場でも男の目元は闇の中。
少年はどんな特殊加工があの目元に施されているのか不思議でたまらなかった。
たまに何かの拍子に垣間見えることがあり『ぎゃ、見てしまった』と思うが、それはいつも見えないからであって常に見えていればそんなことでギョッとはしない。
そもそも男の顔は悪くないと少年は思う。帽子をとるか、どうしても帽子をとりたくないなら顔に向かってスポットライトを照射したりすればいい。そうすれば女の子のファンが付くはずである。確かに陰気で暗い独特の雰囲気はあるが、ミステリアスという言葉に差し替えてしまえば問題ない。
少年は口にくわえたアイスキャンディーで涼をとりつつ、どうでもいいことに頭を巡らせる自分に気づいて微妙な顔をした。頭を振って考えるのを少年はやめて、気を取り直して男に話し掛けた。
「オーナー、何してんの? まさか練習なんて言わないでよね。悪い冗談だから」
「ルディ、心配しなくとも練習はしていないから安心しなさい。そもそも私には売る芸がないだろう?」
「そだね。じゃ、ここで何してんの?」
男は天井近くに張ってあるロープを見上げて、手を差し伸べていた。
「道案内させた人形の回収だよ」
「道案内? 誰か来たの?」
ルディは驚いた表情で男に聞き返す。
サーカスにチケットを持たない客が来ることは実に珍しかった。
ルディは興味津々で瞳をキラキラさせて男に話すように催促する。
「ああ。裏口が開いていたと」
「裏口? そんなのうちにないじゃん、オーナー」
ルディは小首を傾げて腕組みすると、一人でうーんと唸り出す。少しして何か思いついたのかルディは手をポムと納得して打った。
「そっか。サーカスに歓迎されてるんだ。へー、へー、だからオーナーの機嫌もいいんだ」
ルディはにやにや笑い、からかう素振りで男を肘で小突いた。
「ね、どんな子? 性別どっち? 俺、女の子がいいなー」
「そのうちわかるよ、ルディ」
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