空虚な家

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 母は気づいていないだろう。  亜子の気持ちに気づかないまま、瑠璃子はまたいつものように亜子に新しい彼氏の紹介をした。  「亜子ちゃん、眞北(まきた)さんよ。あのね、亜子ちゃん、眞北さんとは結婚を前提にお付き合いしているの」  満面の笑みで紹介する瑠璃子に、亜子は他人事のように気のない返事をしたことはまだ記憶に新しい。  今更、男の人と付き合う瑠璃子を非難する気はない。ここまで育ってこれたのも、こうして高校に行っているのも瑠璃子のお陰だと亜子はわかっていた。  ただこうして誰もいない家に帰ってくる度、自分が一番でないことを思い知らされるようで亜子は嫌だった。  純粋に仕事で瑠璃子の帰りが遅くなっている訳ではないことを亜子は知っている。何度か目撃したことがあった。今日は仕事で遅くなると言って家を出た瑠璃子が、男の人と腕を組んで歩いているところを。その度に逃げるようにその場を立ち去っていた。なにもやましいところなどないはずなのに胸が苦しくなった。  瑠璃子は亜子の母である前に女性であり、親にとっての一番が子供などということは子供の勝手なエゴなのだと理解した。だから気持ちが離れていった。  けれど家を出るまでは演じ続けなければならない。瑠璃子にとっていい娘であるように。  それが瑠璃子に対する亜子の育ててもらった恩の返し方だった。  どんなに瑠璃子の帰りが遅くなろうが、亜子は物分かりのいいふりをして作った笑顔で帰りを待って言うのだ。『お母さん、お帰り』と。  頭でわかっていても隣の家から聞こえる賑やかな声に羨ましいと思ってしまうのは、上手く自分自身を納得させきれていない証拠だろうか。  亜子はこれ以上自分の気持ちに向き合うのが億劫に感じて、足早に自分の部屋に入って扉を閉めた。  部屋の電気を付けて、亜子は机に鞄を置いた。制服をベッドの上に脱ぎ捨てて、部屋着に着替える。傍らにあった扇風機をつけて、脱ぎ捨てた制服をハンガーに掛けようと手に取った。そこでスカートのポケットの中に突っ込んだままのチケットの存在を思い出す。
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