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黄昏の公園
真っすぐに家に帰る気がせず、亜子は一人、公園に立ち寄っていた。
公園の時計の針は六時半をとうに過ぎている。時計がなければまだ若干青みを帯びる空に、もうすぐ七時になろうとしていることにすら気付かないだろう。
亜子は一人、ベンチに座って何をするでもなくぼうっとしていた。けだるく足を投げ出して、ベンチにもたれ掛かり空を仰ぐ。
時間が時間なだけに、子供の姿はなく、静かなものだった。
流石に疲れの色が隠せない亜子は大きなため息を一つついて、そのまま瞼を閉じる。目の前に広がっていた青が、視界が閉ざされて消える。
「こんな現実、消えればいいのに」
ぽつりと口からこぼれた言葉。そのまま掻き消えてしまうはずだった。誰にも聞かれぬままに。
「消えるよ、君が望めばね」
突然隣からした声に、亜子は目を開く。飛び起きて隣を見れば、昨日見たばかりのシルクハット姿の男が腰掛けていた。目を丸くして驚く亜子に、男は始めから自分の方が座っていたという雰囲気で素知らぬ顔をして座っている。
「アコ、君とはよく会うね」
男は亜子の手をおもむろに手にとると、亜子の手の甲に軽くキスをする。呆気にとられて唖然としている亜子に、男はクツクツ笑ってみせた。
それは紛れもなく、昨日サーカスのテントで会ったあの男だった。
先程より少し薄暗くなりつつあるが、それでもまだ明るさは十分ある。それなのに男の目元は、相変わらずシルクハットの影に隠れて闇の中。不気味さは健在である。
日の下に出てきたことで、逆に肌の白さが際立って、実に太陽の光が似合わない印象を受けた。
鬱屈とした気分が驚きのあまり霧散する。
夏の日の夕暮れ時、シルクハットに燕尾服の格好をした顔色の冴えない男がありふれた公園のベンチに座っている光景。
あやしすぎる。
微妙な表情をして男を見る亜子に対し、男はどこか楽しげに見えた。
「な、何してるの、ここで」
「見ての通りだが」
言われて亜子は男の手にしているものに視線を落とす。
男が白い手袋越しに手にしているのは紙の束。A4ほどの大きさの紙にカラフルに印刷された印刷物。それには亜子にも見覚えがあった。
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