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  梅雨が終わりを迎え、熱い日差しが夏の到来を告げる。  鬱陶しい雨のじめじめから一転、空はどこまでも澄み切り青の深さが増していた。真っ白い入道雲。誘われるように蝉が競わんばかりに大合唱。世界が新たな季節を歓迎していた。  夏休みに後少しで突入という時分に、街にビラが舞う。  彩り豊かな色彩のビラには《アガレスサーカス》の文字。目を引くビラに手に取る者も少なくなかった。  「ねえ、お母さん、サーカスだって!」  めったに来ないサーカスの来訪で、次第に街全体が浮き足立っていくのはごく自然な流れだった。  ビラを手に小さな子供が道の傍らではしゃいでいる。キャッキャッ騒ぎ立てる子供の声が耳について、すぐそばを歩いていた一人の少女が顔をしかめていた。  「ウザい」  樋山(ひやま)亜子(あこ)、高一。念願叶って現在は第一希望の高校に通学しているどこにでもいる女子学生の一人である。  ちょうど学校からの帰り道だった。  茹だるような暑さ。日が傾いた夕方になっても日中に上がった気温はそう簡単には下がってはくれなかった。  夏に合わせてショートカットに切った髪ですら見栄えは涼しげだとしても暑いのには変わらない。夏服とはいえ汗で体に纏わりつく制服の不快感といったら堪らなかった。  目に見えて亜子が不機嫌なのはそれだけが原因ではなかった。  連日の夜更かしが祟り、今朝、課外に遅れてしまったのである。僅か五分の遅刻。五分とは言え遅刻に変わりなく、亜子に非があったことは亜子自身よく分かってはいた。今まで遅刻してきた者達と同じで、そこそこの注意を受ける覚悟はできていたが、亜子が考えていた程、そう甘くはなかった。  朝のホームルーム、教卓の前に一人呼び出されて、連日遅刻する常習犯紛いの扱いで悪い見本と言わんばかりに担任から見せしめのごとく説教されたのである。挙げ句には、「樋山を見習わないように」と言われ、クラスからクスクスと感じの悪い笑いが漏れた。
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