黄昏の公園

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 「チラシ」  「人使いの荒い団員でね。これを配り終わるまでは私はサーカスに帰れない。ノルマだそうだ」    手にしたビラの束をバタバタと男はけだるげ振ってみせるが、どこか他人事のように男は話す。    亜子の目にもビラを配る行為に男の姿が協力的かつ献身的には映らない。どうみても減っていないだろうビラの束を手に、亜子の隣に座っているのがいい証拠だろう。  「仕事なら配ったら」  「そうだね」    口では返事を返すもののやはり配る気配はまったくない。明らかにこの男にビラを配れと渡した団員の人選ミスとしかいいようがない。が、亜子には関係のない話である。  大体、一人になりたくて来た公園。それをビラ配りが終わらず、いや配っていないから終わるわけもないが、そんな男にサーカスに帰れないからと邪魔されては堪らない。  亜子は隠すわけでもなく迷惑顔をした。  「私、一人になりたいんだけど」  普通ならここで嫌でも気遣って立ち去っていくものだが、男は違った。  サクッと亜子の言葉を無視。  「私もそろそろサーカスへ帰りたい」   と聞いてもいないことを呟き出す始末。無論、亜子の隣から立ち去る様子はない。ここで二人並んでベンチに座っていても状況は平行線。時間だけが経っていくだけである。  一人になりたかったのが一転、女子高生と浮いた格好をしたサーカス団員が公園のベンチに仲良く座り黄昏れる図。このまま日が暮れて、そして夜になる、と。    考えただけで亜子は目眩がした。亜子はため息を大きくはいて頬杖を膝に付くと、男へ視線をやった。  「ビラがあると帰れないなら捨てれば? どうせばれないでしょ。私なら、そうするわ」  「アコらしい答えだね。悪くはないが、良くもない」    折角案を出したのに文句を付けられたようで亜子はムッとする。そのまま顔に出たらしく、男が笑った。笑ったかと思えばすぐに表情は消えて、茜色に染まりつつある空をみるわけでもなく、かと言って地面に伸びた影を見るわけでもなく、真っ直ぐ前に顔を向けている。男の浮かべる笑いは心地のいいものではなかったものの、真っ直ぐに虚空を見つめて無表情でいられる方が不気味だった。
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