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「そうだね。亜子ちゃんを取られちゃったことだし、僕は許可がおりたら瑠璃子さんを誘ってみるかな。」
仰々しい物言いに、亜子は笑う。
許可がおりるもなにも瑠璃子なら眞北からの誘いとあれば、二つ返事でオーケーなはずだろう。断る理由など瑠璃子にはないのだから。
「お母さんも喜ぶと思う。なかなかサーカスなんて来ないから」
「うん、そうだといいね」
眞北の歯切れの悪い返事に、亜子は小首を傾げたが、特に追及はしなかった。
まだ食事の途中。亜子の膝の上に乗せられたお弁当の中には三分の一ほど、中身がまだ残っている。折角温かいのに冷えたご飯を食べるのはごめんだと思った亜子は、止まっていた箸を動かすために、とりあえず亜子は手にした邪魔なビラを折りたたむとポケットへしまおうとした。すると眞北が手を差し出した。
「それ、よかったら貰えないかな?」
「あ、これ?」
亜子にとってはいらないもの。二つ返事で眞北にあげて、亜子は再びお弁当に手を付けた。
背広の胸ポケットに亜子から手渡されたビラをしまいつつ、横目で亜子が美味しそうにお弁当を食べる姿を垣間見て、眞北は思わず苦笑いする。
「亜子ちゃんとこうして夕食を一緒に食べるってわかっていたら、ちゃんとしたとこで食べていたのに。かっこわるいね」
「お母さんと夕食済ませてこないからよ」
「ははは。本当だね。事情があって無理だったんだ」
きまりが悪そうに頭を掻く眞北をみて、亜子はわざと気取って言ってみせた。
「お弁当でも十分美味しいから、心配しないで。それに眞北さんにかっこよさなんて求めてないから」
そしてすぐに悪戯っぽく亜子はウィンクする。
最後に残していた唐揚げを頬張る亜子に、眞北は細い目を更に細くして表情を崩した。
「酷いな、亜子ちゃん。」
「それほどでも。」
互いに笑いの絶えない夕食。洒落たレストランでなくともこんなに楽しければ、どこで何を食べようともそれは美味しい食事になる。なにより亜子は眞北とのこういう時間の過ごし方が好きだった。
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