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楽しい時間はあっという間に過ぎて、元の時間の流れへ戻っていく。早すぎず、遅すぎず。けれど確実に時計の針は、時を刻んでいった。
お弁当を食べ終わって一服した後、眞北は亜子を家まで送り届けてくれた。
今日は静かなもので、普段隣の家から聞こえてくる賑やかなテレビの音もせず、裏庭の方から虫の声だけが辺りに響いている。
帰り着いた家は相変わらず暗いまま。亜子が家を出た時と様相は何も変わっていない。
どうやら瑠璃子はまだ帰っていないようだった。もう家に帰っていてもいいはずなのに帰宅していないところをみると、買い物でもして寄り道をしてきているのだろう。まっすぐ家に帰ってきさえしていれば、また眞北に会えただろうにと、瑠璃子のタイミングの悪さに娘ながらに亜子は同情した。
眞北も当てが外れたのではないのだろうかと亜子がこっそり伺い見ても、落胆した様子はなかった。むしろ居ないことが初めからわかっていたような素振りで、瑠璃子について亜子に問うこともしない。
亜子は玄関の鍵穴に鍵を差し込んで数回左右に回す。年季が入っているたたずまいのせいで、引き戸の玄関も簡単には開いてはくれない。昭和の家を彷彿とさせる家で、よく言えば懐かしさがある家なのだが、言ってしまえば単なるボロ家。鍵一つ開けるにしても癖があるため、長年住んでいる亜子ですら手間取ってしまう。しかし、こんな動作も慣れてしまえば日常の一環。
カチャリ。
鍵が開いて、引き戸特有の音を立てて玄関が開く。
「眞北さん、上がっていけばいいのに」
くるりと振り返って眞北に誘いの言葉を掛けるも、眞北が首を縦に振ることはなかった。
「もう少しして落ち着いたら、寄らせてもらうよ」
「残念」
大げさに肩を竦め、亜子は無邪気に笑う。
「じゃ、気をつけて」
「亜子ちゃんも戸締りはきちんとね」
「はーい」
何気ない会話で今日も一日が終わっていく。
眞北の次第に遠くなる後姿を見送りつつ、亜子はポツリと夜の闇に呟いた。
「お母さん、どこで道草食ってるんだか」
誰も答えることのない言葉に、静けさだけが深まっていく。
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