疑心

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疑心

  昨晩の雨が嘘のようにすっきりと晴れ渡る空。清々しい朝が亜子を迎えていた。昨日の雨で砂埃が洗い流されて、鮮やかな緑が太陽の光を浴びて艶々と煌めく。  明け方まで雨が降っていたにも関わらず、亜子の肌を撫でる風に不快感はない。うまく地熱を雨が奪い、気温だけを下げていた。  けれど気持ちのいい朝とは裏腹に、亜子の気持ちはすっきりとしない。  それもそのはずだった。  昨日の今日で学校に行き、教室に足を踏み入れる行為がいかに気持ちに重くのし掛かることか。想像してもあまりぞっとしない光景である。たとえそれがわかっていたとしても学校を休む気にはならなかった。楽な方法であると同時に、それは汚名を着せられたまま泣き寝入りすることに等しい行為。さすがに亜子には我慢ならなかった。  いつもは意識せずに入れる教室も、今日ばかりは気概で一歩を踏み出した。  一瞬視線が亜子に集中し、外される。  予想を裏切らない教室の雰囲気に亜子は嫌気がさした。腫れ物に触るような空気。確かに昨日、あの瞬間までは友達だった者や当たり障りなく付き合っていたクラスメイト達が作る余所余所しさ。どこともなく感じる視線。けれど、亜子に向けられる視線はどれも善意を感じる類のものではない。それでも気づいていないふりをして、普段と変わりない素振りで振る舞わなければ、この空間にはとてもではないがいられない。  こういう出来事があると、皮肉なまでに友人関係が整理されてしまう。誰が本当の友達で、誰が上辺だけの友達か。残るのはほんの一握り。  本人達に何かしたわけでもないのに村八分に等しい扱いをする人の弱さと卑しさに呆れるしかなかった。当の本人達はさほど悪気があってしていない分、質が悪い。  悪気がなくともされた側が、否応がなしに傷つくとは考えない浅はかな人間は、実際自分の身に災難が降りかからないと気づかないのだろう。  きっと今まで自分もその中の一人だったと考えると、亜子は苦笑せざるを得なかった。しかし、その日は幸いなことに皆の亜子への悪意のある興味は続かなかった。  今日はサーカスの初公演の日。次第に話題はサーカスのことで持ちきりになっていく。
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