疑心

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 お陰で亜子の機嫌もこれ以上急降下することもなく、意外と穏やかに学校での時間を過ごすことができた。なにより小百合や雛子が亜子のことを心配はすれ、日頃と変わらぬ態度で接してくれたことが素直にありがたかった。  親しい友達はそのまま。話す内容もふざけるのも変わらない。変わらないでいてくれる二人に亜子はいつもより柔らかな笑顔を返したのだった。  それはほんの偶然に過ぎなかったと思う。  世の中知らなくて済むことをわざわざ知る必要はない。知ったところで自己満足。それがプラスになり活用の一つも出来ればいいが、必ずしも知った事実が自身に良い結果を招くとは限らない。今の亜子は正に後者に当てはまっていた。  何気ない一コマ。職場の者同士、旅行に行った人が細やかな気遣いで渡すお土産。旅行先が海外となれば、親しさに応じて買い物を頼むこともままある。酒やタバコは特に、普段は税金でかさ増しされた嗜好品が非課税の価格で手に入る利点を利用しない手はないからだ。  亜子の目に飛び込んで来たのも、今まさにそんな場面だった。  係だった亜子が前の時間に使った教材を返しに職員室に来た時だった。ちょうど午前の授業最後の時間に使った教材だったため、亜子は小百合と雛子と昼食を取った後、昼休みの時間を使って返しに来ていた。  職員室も校内と変わらず、長めの休憩時間に穏やかな空気が流れていた。雑談をする先生もいれば、次の授業の用意を早くからする先生。勉強熱心な生徒から質問を受ける先生と様々で、それぞれが思い思いの時間を過ごしているのが見受けられた。  亜子は教材を元あった場所に戻して、任務完了とばかりに職員室を後にしようとした時、賑やかな声に足を止めた。ただ賑やかなだけなら、立ち止まることはしなかっただろうが、声の中に担任の声を聞き付けて、亜子は体の向きは変えず視線を向けた。  「先生、頼まれていたタバコです」  「ああ、すまないね。助かったよ」  渡されたビニル袋からタバコを1カートン取り出て中身を確認する亜子の担任は表情を始終緩めっぱなしである。
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