疑心

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 「しかし先生、わりときつめのお飲みになるんですね」  「ああ、この位ないと飲んだ気がしなくてね」  「最近じゃ喫煙者は隅に追いやられ肩身が狭いったらないですよ。タバコ吸うにも一苦労ですよ」  「百害あって一利なしだから仕方ないさ」  笑い声の混じる楽しげな会話。頗る機嫌のいい担任の姿。なにがそんなに嬉しいのやら亜子はまったく理解できない。お土産とはいえ学校にタバコ持ってくるなよと内心悪態までついてしまう。  担任の楽しそうな顔を見たところで、天敵と認識している亜子にとっては不愉快にしかならない。嫌っている相手の喜びを分かち合えるほど、生憎広い心は持ち合わせていなかった。  止めた歩を進めようとして、亜子は先に目にした光景に引っ掛かるものを感じた。もう一度担任の方へ視線を向けて、お土産でもらった担任の手にしたタバコのカートンに目を止めた。どこかで見覚えのある柄と名前。束の間考えて、どこで見たのかはっきり思い出した刹那、亜子の顔が強張った。  あのタバコ、私の鞄から出てきたのと同じ……だよね。  どういうこと?  ただの偶然、だよね。  世の中たまたまということが有り触れている。これもその一つなのだと自分に言い聞かせて、納得させようとする。けれど自分に言い聞かせれば聞かせるほど裏腹に、亜子の中で疑念が膨らんでいく。  本当に?  本当に、そう思う?  ただの偶然だって?  ――ダッテ、先生ナラ入レラレタノニ――  証拠はない。確証もない。それなのに亜子が担任に抱く負の感情が疑惑を確信へと導いていく。  いくら違うと言ったのに端から信じてくれなかったのは担任が入れ、初めから自分を犯人にするためだと考えると嫌に納得がいった。屋上でタバコの吸い殻が見つかったのに乗じて、鞄にタバコを入れてしまえば即犯人のできあがり。このタイミングで見つかれば必ず吊し上げられるのを知らない筈がない。しかし、自分の吸っている同じ銘柄のタバコを入れるような真似をするだろうか?  冷静に努めて考えようとするが、昂ぶった感情が否定と共に押し流していく。
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